キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

「自分を特別な存在だとおもう」みたいなことなんだろうか?

寿恵子っていうチャンネーのことがすごくお気に入りでね。

あ、朝ドラ「らんまん」の話な。

 

そして、「寿恵子っていうチャンネーのことがすごくお気に入り」なのはキクチじゃなくてドラマに出てくる高藤っていう貴族?な。

 

 

寿恵子に一目惚れした高藤は、寿恵子を社交界デビューさせようと?、ダンスを習わせる。

文明開化な時代。

鹿鳴館とか行っちゃう時代。

 

 

「ダンスに興味がある」というだけの理由で高藤のもとにかよっていた寿恵子。

いっぽう高藤は寿恵子を妾(めかけ)にして、横浜の別邸に囲おうと画策しておる。

というオファーの返答を延ばしてる寿恵子。

 

ある日、ちょっとアッパーな洋食屋にお招きされる。

貴族?な議員か何かが同席してて。

「寿恵子さんはまず、この白川さんの養女になり」

「そのあと、高藤の妾となる」

という話を、独断で進める高藤。

(クソキモい)

 

 

寿恵子の実家は東京下町の和菓子屋。

母は元トップ芸者で。

貴族?の妾となり、寿恵子を産んだ。

その貴族が亡くなった後、遺産分けでつつましく和菓子屋を立ち上げ、営んでおる。

 

 

時代が時代だから。

 

貴族?が妾を囲うっていう風習?も。

妾を囲う前に、経歴をきれいにする?手段としていったんほかの貴族?の養女にするってことも。

 

高藤には正妻がいるが。

それは政略結婚みたいなもんで、愛情はないし。

奥さんがうまずめ? 要するに跡取りを産めなかったから。

離縁して、寿恵子に大々的にいれあげようぜ!

っていうことも当時の価値観では、まああったんだろうと仮にして。

 

そこらへんの隘路に入ると話がよけいややこしくなるから措いて。

 

 

そんなん感じだからまあ、高藤ってネットでは嫌われまくってるんだが。

 

いまの常識?に照らしてもそりゃないぜっておもうのは。

寿恵子の意思は無視して、よしんばよかれとおもって高藤が話をずんずん進めてるとこ。

じゃん?

 

何つうの?トロフィーワイフってえの?

(寿恵子役が浜辺美波っていうジョーダマチャンネーだったりもするから、ある意味わかりやすい?)

 

でいて、寿恵子にとってもいいことだと思ってその話を進めてる高藤のお花畑脳内っぷりとか。

 

 

。。。

 

 

話がいろいろとっ散らかって、何を言おうとしてるかとっ散らかっちゃったが(日本語ぇ)。

よしんば、その価値観が当時としては当然のことだとしても、だ。

 

「これから本格的にオトそうとしてるチャンネーに」

「いまの奥さんには愛情もねえし、跡継ぎも産まねえから離縁してキミといっしょになりたい」

までわざわざ言うの、すげくね?

 

キクチが寿恵子だったら。

「じゃあ、あたしがオンナとして高藤に飽きられたり」

「跡継ぎを産まなかったとしたら」

「いまの奥さんとおんなじ運命をたどるじゃん?」

っておもうもん、ふつう。

 

 

よしんば、跡継ぎを産んだとしても。

そんなんスケコマシ、何年か後にまた違う若いチャンネーにいれあげる。

という確率がきわめて高いし、あまりにも容易に想像でけるわけで。

 

そこを、ですよ。

「あたしにかぎってそうはなるまい」

みたいに考えるわけないし。

 

高藤も高藤でどこかしら、じぶんを全方位的に特別な存在だと思い込んでなきゃ。

そんなお花畑みたいな振る舞いができるわけねえよな?

 

(しかも、寿恵子は高藤にそういう感情は抱いてないって)

(そもそも客観的に明らかなのに、だぜ?)

 

 

っていう、ふつうに考えて? あきらかにへんてこなことだけど。

 

「略奪愛したら後々、略奪愛される顛末になりがち」

って、現代でもわりとあるあるだったりすんじゃん?

『北の国から』のゆっこおばさんとか(たとえが昭和ぇ)。

 

 

そう考えると。

「あたしにかぎって」的な思考回路になるのって。

ラブ・イズ・ブラインドっつうか。

ある意味、普遍的なことっていうか。

 

なのかもしれないなっておもった。

おもいましたとさ。

いまさらオレオレ詐欺に引っかかっちゃうひととか、まさにね。

 

ってだけで、それといったオチはないっす。