キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

むやみに隣の芝生に入らない、みたいなこと

ムネコフさんにお会いした翌日は、足立フレンドリーマラソン。

 

そもそもキクチはエントリーもしてないし、応援に行く気もなかったんだけど。

謎の脈絡でアフターに呼んでいただけて。

 

「そんなら!」

ってんで、応援にもイク気マンマンになって。

 

 

ほら、キクチっていっちさんのストーカーみたいなもんじゃないすかあ。

 

だもんだから、幹事さんに「いっちさんにもお声がけしていいすか?」懇願して。

「どさくさにまぎれて応援デートできるぞ」なんてちょっとおもったりもしてw

 

しかしして、いっちさんは。

アフターにはいらっされるけど、応援には行かれないと。

 

どうやら、午前中まで丹沢でキャンプなさってるんで。

丹沢から北千住に直行します、と。

 

アクティブが斜め上すぎてすげえな!

 

 

だからというわけではないが。

キクチも応援には行かなかった。

 

いや、行かれなくなったのね。

 

 

足立フレンドリーの数日前。

いとこから個展やりますってLINEがすっとんで来て。

これは顔のひとつも出そうとおもったゆえ。

 

個展をやるギャラリーは蔵前っていう、むかし国技館があったとこらしくて。

下町のほうだから、超絶ビッグシティ狛江からそのためだけに蔵前に行くのは半日仕事になっちゃうケド。

 

超絶ビッグシティから見て蔵前と北千住は同方向。

あまつさえTXで数駅なので、ちょうどいい!ってんで。

 

 

そんなんわけで、昼前におうちを出て蔵前に寄って北千住に向かうという、完璧なプランを立て。

(ヒルマエ、クラマエってラッパーみてえだな)

(あるいはジョイマン)

 

超絶豪邸でダラダラしてたら。

この日は全中駅伝があることを知り。

テレビにかじりついてるうち、昼を過ぎてあわてて家を出た。

 

 

ちょっと横道にそれると、全中駅伝。

解説はアノ神林勇太で、「ほうっ!」っておもって観てたらば。

今年の神奈川代表は川崎の塚越中学校だったんだが。

 

塚越中学校の監督は、神林勇太の宮前平中学校時代の恩師らしく。

キクチは身を乗り出して、縁もゆかりもない塚越中学校を応援しはじめた。

(出だしの何区かは先頭争いしてたので、よけいアガった)

 

 

さらに横道にそれると。

 

そういう、いい指導者との出会いの運不運ってあるよね?

「あるよね?」っていうか、大切だよね?

 

 

高校の話になっちゃうけど。

神奈川県はむかしからずっと藤沢翔陵(むかしの藤沢商業)って学校が駅伝つおくて。

 

にもかかわらず?

キクチが高3だか浪人のときは、生田東っていう川崎の公立高校が都大路に出たことがあった。

 

 

生田東も当時、陸上競技自体は神奈川ではそこそこつおくて。

中学の同期、部長のベンちゃんがマイルリレーのメンバー入りしてインターハイに行ってたり。

 

公立だから(特に当時は)大っぴらな推薦はないものの。

秋の市民大会っていう中学生から社会人まで一堂に会する試合のとき、監督に声をかけられたひともいたし。

あくまで噂レベルだが、ガチで行く姿勢を見せると入試の点数に30点だか50点かさ増ししてくれるって話もあった。

ぐらいで。

 

とはいえ、駅伝がつおいってことは聞いたことなかったのに。

 

 

そんで、その15年後くらいかな?

藤沢商業の壁をぶち破って、川崎の公立の、今度は多摩高校が2年続けて都大路に出たことがあった。

多摩高校も少なくとも駅伝では聞いたことがない。

川崎北部学区ではいちばん頭のいい学校で。

 

あまつさえ、キクチが出た稲田中学校の学区内にあるもんだから。

「近いけどすんごく遠い多摩高」って感じで。

そんなことはクソどうでもいいとしても。

 

 

まあその。

多摩高が2年続けて都大路に出られたのは。

のちに早稲田大学で1年生ながら箱根の1区で区間賞をとった矢澤曜がいたこともあるんだろうが。

 

(あ、念のためググったら、多摩高が都大路に出たのは矢澤が卒業した次の年でござった。。。)

(「おまえが一生かけて稼ぐ金、矢沢の2秒!」)

(↑YAZAWA違いぇ。。。)

(↑こういうのホント、いらねえんだよなあ)

(↑たのくるさん、元気してるかなあ)

 

どうやらその。

かつて生田東を都大路に導いた指導者が、矢澤曜がいたときの多摩高の監督だったらしくて。

「おおっ!」っておもった。

 

そういうのって、運とかめぐり合わせとしかいいようがない。

たぶん、逆に「この指導者だったからすげえ素質をつぶしちゃった」ってケースもその何倍もあるんだろうし。

 

 

話をはんぶん戻すと。

 

神林勇太が中3のとき、宮前平中学校は全中駅伝で4位だか5位になった。

それは神林が全中の3000で2位だし、宮前中にはもう一人、渡部っていう全中の1500で優勝したひともいたから。

「たまたまそういうタレントがそろった奇跡」っておもってたんだけど。

 

結果的にそうだったかもしんないけど。

タマゴかニワトリかどっちが先かは知んないケド。

名伯楽がいたからこそってのはあんだろうね。

 

 

おっと。

余談にかまけて、きょうは表題までたどりつけねえぇ。

そんくらい、全中駅伝に見入っちゃったってことなんだろうが。

 

そんなこんなで。

北千住のアフターは15時からだから。

蔵前に寄ることとかを逆算すると、もうこれ以上全中駅伝は見られねえ!

 

超絶地元駅に向かって全速力でチャリを漕いだ。

つづく。

 

。。。

 

念のため、もう一度言っとくと。

足立フレンドリーの応援に行かなかったのは。

いっちさんとデートできなくなったからではありません。

 

火のないところに煙を立てるぇ。。。