キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

続・エロい夢

性懲りもなくつづけますね。

 

エロい夢をみることはたまにあるし、それはいろいろバリエーションに富んでて。

あ、バリエーションてのはド下ネタ的な意味ではなく、登場人物とかどうなった的なほうで、だいたいのばあい、ド下ネタに至る前に終わってしまう。

 

あまつさえ、とりたてて何らかのときに見るわけじゃなくて。

ちなみに、フロイト的なベクトルで「エロい夢」でググったらこういう。

 

○欲求不満

○ストレス過多

○疲労蓄積

○吉夢(相手が知らないひとのばあい)

 

むろん、どれも当てはまらねえ。

もっと言っちゃうとエロい夢を見たいなあっていうタイミングでは見れなくて、むしろヤツは不意に何ともないときに訪れるから、タチが悪い。

 

ええっと。

「エロい夢を見たいなあってタイミング」なんかねえよだし、何だよソレだし、「タチが悪い」ってのは下ネタ的な意味でもましてやダジャレでもないんだぜ。

 

だからこそ、なんだなんだ?的に印象に残るのだろうか?

 

 

土曜の朝方にみたエロい夢の要諦は、ふつうの睡眠?中に見て目覚めて、二度寝したらまた見たっていうところにある。

どんだけ潜在的に激しい怒りだか性的欲望だか深い悩みを抱えてんだよって話だw

 

で、たぶんじぶんがほざいたへんな寝言で目覚めて、横を見たらにょうぼうがすでに起きてて勉強してたので「聞かれちゃったかなあ」とかちょっぴり気まずくもあったんだが、そんなのは些細なこと(!)として措くとして。

 

ちょっぴりの気まずさでそのまんまふとんをかぶって、あっち側を向いてじっとしてたらいつの間にかまた寝ちゃって、そんでまたエロい夢を見るっていうね。

 

どんだけry

 

 

で、不可解なのは登場人物。

いま高校時代の同級生に再開してなぜかいいムードになったっていう設定で、ああそれ実在しないひとがそういう前提で出てきてる夢あるある的なやつねっておもってたんだけど。

どうにも気になって高校の卒業アルバムをひっくりかえしてみたら、あらら実在しておったでござるwww

 

 

(時計の短針の動きをみながらノリ弁食ってたぐらいの陰キャボッチだけど)よしんば高校時代に気になってたチャンネーだったり、多少なりとも仲がよかったひとならそりゃ覚えてる。でも、卒アルをひっくりかえすぐらいだからガチで知らないわけで。

 

わざわざ卒アルをひっくりかえして確認するぐらいだから、接点がなくても実は薄く浅く気になってた的なことでもないんであろう。

ビビりまくる。

 

 

もうね、フロイト的な心理学的なアプローチ、たとえば実はすげえすきだったとかそんなんじゃなくて、もっとオカルト的な暗示とか生き霊爆誕?かとおもっちゃうよね。

 

とはいえ、そのひとがいまどこで何をしてるかまったく知らないっていうか、そもそもぜんぜん知らないひとだからどうしようもないわけだケドw

 

夢に出てきたってことは、キクチのどっかにそのひとの記憶があったってことで、その「人間が使ってるのは脳みその2、3割しかない」っていう説の、「未知の残りの7、8割な無限の可能性」にもビビりまくる。

 

誰だよ?

 

 

んで、卒アルにはそのひとのおなまえは「じゅんこ」とあった。

なお「じゅんこ」は本名で。「山田」みたいな仮名ではない。何もさしさわりようがねえだろってんで。

 

 

話はちょっとそれるケド。

まあ、もともと初老のじじいがエロい夢を見ましたっていう吐いて捨てるような話だからちょっとそれようと何しようと世界情勢にビタ一文影響しないわけだが。

 

 

むかーし。

クソ辺境でキクチの「じゅんこ」感をほざいたことがあって。

アタマのなかで「ジュンコウ」のことをずっと考えてたら
ゲシュタルト崩壊みたくなる。

 

だいたいにおいて。
「ジュンコ」って名前のひとは、キレイでかわいい、一般的に。
漢字は純子でも順子でも淳子でも、あまねく。
そうだよね、うおおおお。

 

みたいな妄想が絶好調になる。

www.kikuchiroshi.com

それを後年、「マラソン×ブログ」のひととウタゲをカマしたときにキクチの独断と偏見にまみれたじゅんこ論を吐露したら、その吐露したひとがまさかのジャストライク「本名じゅんこ」w

 

で、よくわかんないケド本人を目の前にして肯定するのもくやしいし否定するのもアレだしってんで、動いたほうが負けみたいなビミョーな感じになったことがある。

 

ブログってハンドルネームでじゅうぶん通じてるから、本名なんて興味ないっていうか別の世界のお話しみたいなことで、えてしてたまたま知っちゃうもんだし。ハンドルネームでなじんじゃってる世界だから、よしんば本名がわかっても本名に違和感を覚えるっていう逆転現象みたいなやつあるじゃん?

 

たとえば、ちまきさんの本名が「吉永小百合」だとしても、いまぼくたちあたしたちが生きてる世界ではちまきさんは「ちまき」なので、いまさら「吉永小百合」をぶっこまれたところでぼくたちあたしたちの「ちまき」の地位は揺るがないっていうか、そんなん感じ。

 

例示の仕方がクソへたっぴいだな。

 

もしほんとうにちまきさんが「吉永小百合」だったらそんなん、また新たな次元で異様な盛り上がりを見せちゃうに決まってるじゃねーかよな?

 

 

あのう。

「そういうことになったことがある」ってだけで話はこれ以上展開しねえし、そういう局面でウソでもいいから褒めちぎっとけばいいのにそうしない(できない)とこがキクチの限界っていうか、そんなんような気がするが、もうこの話はいいな。

 

佐藤B作の本名が「さとうとしお」だって知ったときはそれなりの衝撃を受けたけど、これもどうでもいいな。

 

 

戻す。

 

 

戻そうとおもって気づいたところでは、そんな、まさかの実在をしてた高校の同級生の「じゅんこ」ちゃん。

 

いらねえ情報をトッピングすっと、漢字は桜田的なやつだったんだが。

 

まあ、上記したように存在をほとんど知らないぐらいなので、これ以上の話の展開のしようがねえぇ。。。

 

 

あ、その上記したフロイト的なやつを見直すと。

じゅんこちゃんって、コレじゃね?(↓)

 

「吉夢(相手が知らないひとのばあい)」

ぱんぱかぱーん!

 

うっわ、オチとして弱えな。

架空手形きわまりないぱんぱかぱーん以上のものがなにもねえ。

 

 

っていうか、なんだか急にこわくなってきた。

にょうぼうは寝言を聞いててあえて何も言わないのか、ひょっとしたらガチで聞いてなかったのか(発したと思い込んでる寝言は実は発してないのか)。

 

聞けません。