明けてきょうは父親の命日で。
もう13年経った。
「もう」だか「まだ」だかよくわかんない、
遠いむかしのことのようでもあり、
つい昨日のことのようでもある感じで、
とりあえず、神妙に過ごしといた。
だからといって、
これを神妙なエントリーにしようなどと
ビタ一文おもってない。
*
むしろ、というか。
4年前、うっかりこんなこと書いちゃって
構成のへたっぴさゆえ、コメント欄が
「キクチのとうちゃん『きょう』死んだらしいぜ」
ってのにあふれた気恥ずかしさで、
もはやいいギャグとして処理されとる。
構成のへたっぴいな4年前のエントリー(↓)
www.kikuchiroshi.com
と、そのてんまつを記した翌日のエントリー(↓) www.kikuchiroshi.com
*
そこで出てきた掛け軸は
いまもわが家の階段の踊り場に
おんなじようにあり。
プーさんのぬいぐるみが増えとるw
*
で、こっから。
オチもへったくれもないことほざく。
まず備忘を含めて、書いてあることについて。
*
おれはアートとかのたぐいの心得がないので
素のままじゃ、なに書いてあるか
まったく読めねえ。
訊いてもすぐ、忘れちゃう。
「阿耨多羅三藐三菩提の佛たち
わが立つ杣に冥加あらせたまへ」
ってんだと。
「あのくたらさんみやくさんぼだいのほとけたち
わがたつそまにみょうがあらせたまえ」
と読むらしい。
*
伝教大師の言葉。
原典は新古今和歌集だとか。
伝教大師ってのは最澄。
比叡山延暦寺を建てたときのもので、
直訳すっと「この地にご加護を」。
意気込み的には
「ここを必ずそういう地にしてやるぜ」
って覚悟が込められてるとか。
「一念、岩をも通す」的な。
*
あ、コレ。
いまテキトーに検索したのの抜粋なので
間違ってるかもしんない。
詳しく知りたければ検索すれば
いくらでもわかりるらしいっすよ。
*
この掛け軸をすげえざっくり
つごうよく解釈すっと。
父親が生前。
じぶんもそういうつおい想いで
仕事なり人生なりに取り組むんだ。
人知れず、そう決意したんだかで
それをこの軸に残した、とかいう。
*
。。。
*
「らしい」「そうな」「とかいう」
伝聞ばっかだな。
というのも。
ってのが、ここで書こうとおもってた
2つめのことで。
*
父が亡くなって数日。
まだ家に安置してあったころ。
親戚やら近所のひとやら
むかしの知り合いやらが来てくれて。
そのなかに、おれの幼なじみもいた。
小学校のころまではよく遊んでたんだが。
会うのは、当時で20年ぶりぐらいだったか。
*
というのは、
その後グレたとか、ではなく。
うちの隣が彼のおばあちゃん家で
週末ごとに遊びに来てたから。
中学にあがると、ほら、
部活や思春期がはじまって
週末ごとにおばあちゃん家なんか
行かなくなるじゃないすか。
とかどうでもいいな、この事情。
*
で、無数にある筆のなかから一本を取り上げ
彼が、おもむろに語り出す。
「おじさんはこの筆をいちばん大事にしてたから
ちゃんととっといたほうがいい」
幼いころから霊感がつおい
ってってたっけ、彼は。
ほほう、と。
*
うちの家族はみな、父の仕事には無関心で
そんなことはわかんないし。
なんつうか、あるじゃないすか。
家族が死んだ直後って、
わけのわからない浮き足立ちかたしてる
っていうか、
なんでも素直に聞き入れるっていうか
死を受け入れることを拒むわけじゃないけど
まだどこかで信じられなくて。
なんらか残り香があるならば、
それを真空パックして保存しときたい。
みたいな、心持ち。
なもんだから、
霊感がつおい彼の言葉は
ふだんはそういうの信じたくもないおれでも
なんだかすがりたくなっちゃうわけ、的な。
(彼が指したその筆は
ロンのモチ、大切にとっといてある)
*
おれ「じゃあさ、じゃあさ」
父の書斎に連れてゆき、
これまた無数にある作品から
父が遺した最高の作品はどれか
訊いてみる。
「そりゃ、これに決まってるよ」
「懸けた想いの量が段違いだもん」
箱に入って広げられてもない軸を
パッと選び、彼は言う。
「これ、ちゃんと箱から出して
家のいちばん目立つ場所に
飾っといたほうがいいよ」
なお、霊感のつおい彼も
そこに書かれていることはおろか
書道のことも、まったく知らない。
*
そもそもそういうのを信じてないので
彼の霊感とやらについては
いまだによくわかんないけど。
父とつなぐ細い蜘蛛の糸を信じてっていうか
そんなん感じで、わが家の階段の踊り場には
きょうも、その軸が飾ってある。
という事実は、少なくともたしかにある。
霊感って、すげえな(メダパニ)
*
命日ってこともあり。
(1日前じゃねーか! は措いて)
きょう仕事から帰ってきたあと、階段の下に立ち
数十分、ぼーっと掛け軸をながめ上げながら
とりとめもなく、いろいろ考えてた。
「当時まだおれ31だったのか。わけえな!」
病院で臨終後の処置?をひととおり終え
朝方、家族を乗せたクルマを運転しながら
「きょうからおれがキクチの主(あるじ)かあ
いやおうなく、そうなっちゃったかあ」
考えるともなく考えてた風景がキョライした。
自覚を持たなきゃな、おもった。
まだ夜が明けきってない、青梅街道。
(こうもん見えても、長男なんである)
ああ、父や31のおれは、
44になったおれがこんなんなんて
たぶんぜったい、想像してねえ。
合わせる顔がねえぇwww
とか、ね。
*
。。。
*
にしても、くだんの掛け軸。
「こっちはこっちでかならず岩を貫くから
神仏さん、そっちはそっちでご加護よろしく!
(超絶意訳)」
父の言葉選びのチョイス、なかなかだな。
ふふん、と、おもった。
おもいましたとさ。
そうだ。そんなん感じでいこう。おもった。
おもいましたとさ。
クソ長えぽえむ。