2006年3月26日23時48分。
プシュ、した一番搾りに口をつける寸前、ケータイが鳴った。
「ちょっと様子がおかしいので、来ていただけますか」
とりあえずジャンバーを羽織り、原チャリをとばした。
*
3月26日。
おれは忙しく走りまわってた。
実際あるいてたが、走りまわってた。
朝、方南町の家を出て、丸ノ内線に乗り、荻窪の病院へ。
カレに軽く声をかけて、丸ノ内線に乗り、銀座の画廊へ。
*
きょうはカレこと、父の個展の千秋楽。
浜松や茨城から、伯父伯母イトコが観に来てくれるという。
日曜だし最終日だから、お客さんもいっぱい来てくださるはずだ。
妹2人のバックアップを受けながら
母とおれのどっちかが、銀座か荻窪どっちかにいる、という行動を一週間つづけた。
そんなわけで母とはすれ違いで、ほぼ一週間、会ってなかった。
そんな慌ただしさも、きょうで、終わる。
あすからは病院に張りついてりゃ、いい。
じっくり、父を看病するぜ。
*
銀座の画廊は、ひとであふれてた。
浜松の伯母、イトコ。
茨城の伯父伯母、イトコ。
父の同僚、後輩。
父がかわいがっていた、表具屋さん。
おおぜいの、通りすがりの、お客さん。
17時、個展は大団円を迎えた。
親戚はひと足先に、病院へ。
母とおれは、会場の片づけをして、病院へ向かう。
一週間ぶりに母と会い、話した。
「あすからは、ゆっくり看病、できるね」
「とりあえず、個展がぶじ終わってホッとしたよ」
「通、みたいな見知らぬおじさんがフラフラッと来たときは、ありゃビビったよ、はっはっは」
*
病院に着いた。
みんなに囲まれて、父は上機嫌だ。
図録を片手に、茨城の伯父にいろいろ話してる。
茨城の伯父も、興味津々で、作品について質問を重ねる。
父は調子に乗って、話しつづける。
*
1歳になったムスメを連れて、にょうぼうも病院に来た。
父が慌ててメガネをかける。
ムスメはメガネをかけていないじいじを、じいじと認識できず、こわがって泣くから。
父は孫に泣かれたくないから、超高速って感じでメガネを取り出して、かける。
ムスメをひととおりめでて、ふたたび図録を片手に、茨城の伯父に話のつづきを、する。
ひとしきり話すと、
「きょうの講義はここまで」
と、図録を閉じた。
「つづきはまた、酒でも飲みながら」
*
面会終了時間の20時になった。
「じゃあ、またね」
「ぶじ、個展が終わって、やったね!」
みんな、病室を出てく。
エレベーターへ向かった。
おれはなんだか、父にもうひと言かけたくなり。
忘れ物をしちゃったていで、病室へ戻った。
みんな来てくれてうれしい反面、ちょっと疲れてた父に向かって
「あしたは朝、取材があるけど、終わったら来るよ。個展おめでとう! おつかれさま」
「おう。いろいろありがとう。じゃ、またあした」
カーテンを閉め、エレベーターに乗らず、階段を駆け足で下りた。
*
親戚と、荻窪の駅ビルで飯を食う。
「いやあ、お客さんの数、すごかったね」
確かに。
無名の書道家の個展にしては、異例の動員だった。
「きょうはマンツーマンでたくさん、講義受けちゃったよ。おもしろかった」
茨城の伯父が言う。
*
父は東京の瀬田生まれ。
実家のすぐ前、材木店の離れに、子ども向けの教室があった。
父は週に一回、そこで書道を教えていた。
父の書道教室とは違う日。
茨城の伯父は学生時代、材木店の離れの教室で
週に一回、学習塾講師のアルバイトをしていた。
どういう経緯か知らないが、
おんなじ教室で違う曜日に教えてた自由業と学生が知り合い、意気投合し
これまたどういう経緯か知らないが、
学生の妹と自由業が結婚することになり、やがておれが生まれた。
人に、歴史、あり。
*
そんな話もしつつ、荻窪駅ビルで楽しく飯を食い。
めいめい、帰宅の途についた。
*
家に帰り、風呂を沸かし、入り、出て。
冷蔵庫からビールを取り出した。
寝る前に一杯飲んで、あすからまたがんばろうとおもった。
23時48分。
プシュ、した一番搾りに口をつける寸前、ケータイが鳴った。
「ちょっと様子がおかしいので、来ていただけますか」
狛江の実家にデンワを入れ、母にこういうことがあったんだけどさあって話し。
とりあえずジャンバーだけ羽織って、原チャリをとばした。
病院からコウ、デンワがあるのははじめてのこと。
青梅街道を西に向かいながら、
「まあ、こういうこと、これから何回かあるんだろうなあ」
と、のんきにおもいながら。
ただ、右手に握った原チャリのアクセルはフルスロットルだった。
*
0時15分ごろ。
病院に着き、駐輪場に原チャリを停め、深夜受付を通り、階上の病室へ向かう。
ナースセンターに寄る。
「いやあ、いろいろお世話かけて、いつもありがとうございます。キクチだお」
フカキョン的なエンジェルナースが、無言でおれを病室へ先導する。
病室に入る。
父の顔には、布っきれがかかってた。
そっか。。。
布っきれを取ると、もう動かない父は満面の笑みをたたえていた。
触ってみると、まだ、ふつうにあたたかい。
「0時07分、でした」
と、エンジェルナースは、言う。
*
ありがとうございます。
エンジェルナースに頭を下げ、病室を出て、階段を下り、病院の外に出た。
セブンスターに火をつけ、ケータイを取り出し、実家に電話をした。
「間に合わなかった」
「とりあえず落ちついて。クルマで事故らないように」
おれは、がむしゃらにセブンスターを吸った。
「てめえの個展、千秋楽を見届けて、明けて7分後たあ、カッコよすぎるぜ、父ちゃん」
病室に戻り、話しかけた。応答は、ない。
応答はないが、目の前の父は満面の笑みをたたえてる。
*
半年前、仕事をしてると。
新宿のカフェに呼び出され、長い間、話した。
上咽頭にガンがみつかったという。
お互いの意見を、ガチでぶつけ合った。
最後は売り言葉に買い言葉のケンカ腰みたくなった。
「生きるということだけ、考えろ」
おれは、ほざいた。
「これからのお父さんの生きざま、ちゃんとみててくれ」
父は、啖呵をきった。
*
見事な生きざま、見してもらった。
それからちょうど、9年、経った。。。
それまでけして夜には切らなかったツメを
それからはかまわず切るようになった。
迷信なんか、くそくらえ、だ。
いや、下品だったな。
ウンコ、召し上がりませ、だ。
*
おまけ。
わが家の階段の踊り場(↓)。
元、父親の書斎。現、おれらの寝室の片隅なう。
ズーム、アーップ。おのれが死ぬとも知らず、死んだ後の予定、入れとる。
カーテンレールが最適な置場なんだそうな。
まだ、カーテンレールから、外せないんだそうな。
きょうのポエム、ここまで。