キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

とらじおと(安定のいつも完全に乗り遅れ)

ラジオをダシにしたいらねえてめえ語りのつづき。

中学生になるとちらほら、同級生でラジオの深夜放送にハマるやつが出てきた。

 

 

中2になったころからかな?

「厨二病」なんて言われてるののテンプレそのままに、「おれはコイツらとは違う」感を出したいひとが独自路線を見出だしてラジオに走り出す。

それはだいたい二手に分かれる。

 

 

ひとつは背伸びして。

「アイドルだの歌謡曲だのなんてクソだせえ!」

「やっぱ洋楽だぜ!」なんつってイキって。

当時流行ってたぼんじょびとかをいきなり聴き出して、FMのJ-WAVEの音楽番組にリクエストはがきをシコシコ出して。

「きのう、おれのはがきが読まれたぜ!」とか有頂天になってるやつ。

 

もうひとつは、親に個室とか与えられるころだから。

夜から深夜のAM放送にハマるやつ。

ビートたけしのオールナイトニッポンとか、その前の時間帯の三宅裕司のヤンパラ(ヤングパラダイス)を欠かさず聴いてて。

「きのう、ヤンパラでおれのはがきが読まれたぜ!」とか有頂天になってるやつ。

 

 

ぼんずび大すきな、野球部のエースのくせにロン毛を貫こうとしたFMクンと。

三宅裕司のヤンパラをこよなく愛すブラバンの部長シオちゃん。

が、クラスのラジオ面における二大巨頭で。

 

いまおもうと、彼らって相容れないみたいな空気を醸し出してたケド、言い方がちょっと乱暴かもしんないが「ありがちなグルーヴに迎合してる」って意味ではどっちも魂っていうかソウルはいっしょだよね!

 

 

そんななかで、ノンポリキクチは。

わりかし仲が良かったシオちゃんが熱く語ってくる「ヤンパラ、マジ最高におもしれえから!」「キクチもヤンパラ聴いてみなよ!」を右から左に受け流し。

 

「そんなん遅くまで起きてたら明日の練習にさわる」

ナドトうそぶく、でいて、寝る前にフジテレビの「プロ野球ニュース」をみながら冷凍ピザパイにとろけるチーズをトッピングしてむさぼり食う、ただのエセ熱血陸上部だった。

 

司会が野崎昌一と中井美穂。

別所とか西本幸雄とかが大御所解説者で。

いまでは大御所な谷沢とか平松とか大矢がまだぺーぺーだったころ。

 

 

。。。

 

 

このエントリーで何を言いたいかというと。

じぶんとラジオの歴史を語るシリーズなはずにもかかわらず、キクチはラジオにはぜんぜん活路を見出だせない思春期だったってことで。

 

前エントリーのくりかえしになるが。

「なんでこんなシリーズ始めちゃったんだろうなっ!」

 

 

母親はあいかわらずラジオにんげんなので、流れで毎日、朝、したくしながらNHK第一放送は聴きつづけてたものの。

そんなんわけで、中学高校とラジオ的には、ビートたけしも三宅裕二もとんねるずも大槻ケンヂも知らぬまま過ごしてった。

 

キクチはあらゆる面においてわりかしトレンドに1〜3歩乗り遅れる性質を48年弱一貫してきてるんだが。

このときも安定の、完全にいろいろ乗り遅れておった。

 

 

高校では帰宅部だったにもかかわらず、ラジオに触手が動くことはなかった。

「基礎英語」は中3ぐらいから聴かなくなっちゃったし。

 

「入学してから1ヶ月、誰とも話さなかった」に代表される、陰キャキクチのなかでもとりわけシンボリックな暗黒の高校時代。

カノジョはおろか、トモダチもほぼ皆無だった高校時代。

 

学校が終わるとすぐさまおうちに帰って。

夕方の水戸黄門とナイトライダーの再放送を欠かさず観てただけの空虚な高校時代。

 

ふつう、そういう孤独(でいて、根拠のない自信と自己顕示欲と承認欲求だけは人並み以上にあふれてた)な高校生って。

いかにもAMラジオの深夜放送にハマりそうなものなのに。

 

キクチは読書にハマっておった。

 

 

「いまからおもえばそれはそれでよかった」

とは、30年経ったいまもというか

30年経って振り返るからいまだからこそ、ビタ一文おもえねえええええ!

 

ぐらい、「陰キャ・クソブサ・クソほどモテない」なりに何かなかったのかよ? おもうけど、ガチでまっっったく、何もなかったのよね。

水戸のご老公とマイケルナイト以外は。

 

 

。。。

 

 

そんなキクチも高3になる年のちょうどいまごろ。

「来年のいまごろはおれもセンター試験だな」

ってんで、いよいよ本腰を入れて勉強をしようとしはじめた。

 

(あ、話はちょっとそれるが)

(じぶんらの一世代前までが「共通一次試験」で、最近まで「センター試験」、去年だかおととしから「共通テスト」と、おなまえが変わったじゃないすか)

(それぞれ「共一」とか「センター」って略してたとおもうんだが)

(ゆうべ、高2のムスメっこがごくナチュラルに「共テ」って言ってて、なんか令和すげえなっておもった)

(おもいましたとさ)

 

 

本腰入れたバカは、とにかく積み重ねるしかないから。

「とりあえず質より量だろ」うそぶき。

翌朝、学校でおれ寝てねえ自慢?をするためだけに、とりあえず朝方まで机に向かう。

 

家族が寝ると、夜は静寂につつまれる。

よけいな物音とか、「次、ヒロシ風呂入んなー」とか「お父さんが酔っぱらって焼き鳥買ってきたんだけど食べる?」っていうペースをかき乱される要因がなくなるから、おべんきょうに集中でける。はかどる。

 

「こんな遅くまでがんばってるおれ」みたいな、夜が織りなす特有の催眠術も相まって、ちょっとアタマよくなったような気もなれる。

 

かたや、夜の静寂。

集中するにはもってこいだけど、静寂が静寂すぎてときには逃げ場もほしいなってことも感じるようにもなってった。

 

 

ある夜。

まだ深夜とはいえない時間帯。

 

静寂(とむつかしすぎる数学の「赤チャート」)に耐えかね。

なにげなく、高1の冬に郵便局の年賀状配りのアルバイトをして買ったコンポ(ナツい!)の電源を入れてみると。

 

スピーカーから流れてきたのはAMラジオ。

「伊集院光のOh!デカナイト」であった。

つづく。