キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の「辺境クソブログ」。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

僕が暴投してもボールを拾いにいってくれる。

プロ野球選手ってひとことでいったって、
名前が知られているのはほんの一握り。

「スタメンみてもわからない人ばっかになっちゃったよね」
ちょっと目を離すと、ジャイアンツだってそんな感じ。

「○○ってもう引退したほうがいいんじゃね」
とか、シロートに余計なお世話を焼かれる人だって
それだけ名前がとおってるということだから、
おしなべてまあ成功してるということだろう。
日刊スポーツの「引退後記」をいつも興味深く読んでいる。

この時期になるとTVで
戦力外通告を受けたプロ野球選手のトライアウトの様子が特集される。

ある選手にスポットを当て、
NPBで契約できればハッピーエンド、
アジアや独立リーグならまあOK、
限界を悟ってコーチになるのもまあまあOK、
野球から離れたらジ・エンド。
おおむね、そんなつくりになってる。

日刊スポーツの「引退後記」が秀逸なのは、
すでに野球を離れ、別の世界でがんばっている元選手に
多くスポットをあてている、という点。

なにも選手として野球を断念したからといって、
ジ・エンドじゃあないんである。

きょうアップされたのが、元ジャイアンツの川本大輔という選手。
オレも知らなかった。

川本大輔は、現在野球用品メーカーで働いている。

広島の広陵高校から00年のドラフト5位でジャイアンツに入った。
1年目の開幕前、オープン戦で打ち込まれてイップスになってしまう。
ストライクが入らない。毎日がこわい。

2年目のオープン戦(教育リーグ)では、
1イニングに8連続を含む11四死球を与えてしまったりもする。

表題はその夏。
おなじみの「いいのかなあとおもいつつ一部引用」。

 救ったのは近鉄から移籍してきた田畑一也だった。02年6月、「ちょっと来い」とキャッチボールに誘ってくれた。「田畑さんが外野方向に離れてくれる。僕が暴投してもボールを拾いにいってくれる。何かお父さんみたいな感じになった。すぐに直った」。なぜか構えた真ん中に行く。

「ちょっと来い」のツンデレっぷりが、逆にやさしさを際立たせる。

イップスは治ったものの、その後戦力外、野球から離れる。

そして現在、プロ選手時代を振り返って。
最後部にミョーな説得力がある。
「いい思いはしてないですけど、すべてに感謝できる4年間。巨人の中で1番ダメな選手と思っていたけど、今、胸を張って仕事ができるのは、その4年間があるから。素晴らしい経験をさせてくれたし、チャンスがあれば、みんな行くべき。下手だろうが、うまかろうがです」

いま、最高にうれしいのは自分が担当した高校が甲子園に行ったとき。
プロ野球をあきらめたとき、
野球関連のツテは頼りたくないとおもったそうだが、
けっきょくは広陵高校の中井監督にいまの仕事を紹介される。

ややキレイゴトを承知でいうならば、
ムダな経験なんてない、ということだ。

。。。

有名選手の引き際、なあんていわれる。
ボロボロになるまでやるか、
全盛期にスパッと辞めるか。

引退を自分で決められるなんて、
もちろん一握りのなかの、そのまたほんの一握りのスターに与えられた「特権」。
だからこそよけいに、まわりがあーだこーだゆうもんだいでは
ない。

現役時代に残念ながらスポットライトを浴びることができなかった
川本大輔みたいな(大多数の)人がいるからこそ、
そう強くおもう。