きのう、金田正一投手(カネヤン)が亡くなった
ということを夜のニュースで知った。
おれは昭和49年に生まれたので
昭和44年に引退した
カネヤンの現役時代を知らない世代。
ゆえ、思い入れはないはずなのに
明けてきょういちんち、なんとなくずっと
「ああ、カネヤン死んじゃったんだ」
って物思いをしてるじぶんに
じぶんでビビった。
*
ので、きのう駅伝走っただの
ムスメっこのことだの、
デザイナーとアーティストの違いだの
ブログネタは渋滞してるんだが
きょうはカネヤンについて書く。
書きたくてしようがない。
「渋滞もなにも、更新してねえだけじゃねーか」
とかは措きまする。
*
カネヤンの現役時代を知らないおれにとって
リアルタイムでは
○チョーヤの梅酒のCM。
「♪お若いお若いカネダさん」だっけ?
○あからさまに巨人びいきな解説者
あとは、
○『巨人の星』に登場するさま
がだいたいすべてだった。
(巨人の星については後述)
「前人未到の400勝投手」
ったって、ちょっと桁違いすぎて
もはやあんまピンと来ない。
*
んで。
「野球語」って、あるじゃないすか。
正確にいうと「プロ野球選手語」。
関西弁だか広島弁だかわかんないが
もはや関西弁でも広島弁でもない。
一人称「ワシ」
「ようやった」
「よう放(ほお)った」
「なにをモタモタしとるか」
「足にスランプはない」
のたぐい。
それってカネヤンが源流なのかな()
おもう。
(警備会社のラジオCMで
「ようやった!」ってカネヤンが言ってたのが
こびりついてるだけかもしんない)
張本とか星野とか山本浩二とか
昭和の野球選手が使い倒すイメージ。
*
そのナニ弁だかわかんない
いろいろミックスしてもはや「野球語」
として成立してる言語。
昭和感とあいまって
なんともいえないノスタルジックを醸してる。
べつに感傷的になりたいってわけじゃない。
たとえば、上記「放(ほお)る」。
おれはこの物言いがたまらなくすきで。
*
野球において「投げる」って
最も主要な動作のひとつだし
最もセンシティブな動作のひとつなはずで。
で、いて。
それを詳しいことはよくわかんないけど
あえて「投げる」よか大雑把な表現をもちいる。
っていう機微がたまんねえし。
後付け的には。
「放る」の「放」は「放物線」の「放」で
そこにどこかしら白球の残像ってのが
表現されてるような気もして
「放る」って野球語がたまらなくすきだ。
*
なお、1ケぶっこんだ
「足にスランプはない」
ピッチングやバッティングって
ものすごく繊細なものなので
ちょっとしたことで調子がくるう。
「打線は水もの」って言うように。
でも、足(走塁)は
さほど好不調の波がないんだ。
って野球界ではいうけど。
おれみたいなクソシロートでも
ランニングをしてるひとなら
「はあ? 何言っちゃってんの?」
じゃんw
は、措いて、と。
*
。。。
*
カネヤンは400勝という
今後破られないであろう金字塔を打ち立てた。
まぎれもない「不世出の大投手」なんだが。
たぶん、それだけなら。
現役時代を知らないおれなんかは
ふーんそうすか程度にしかおもえなかった
であろう。
そんなおれすら気になっちゃうカネヤンって。
いい意味で「自己顕示欲の権化」
ってぶぶんが、ネタっていうか
もはや「おやくそく」として昇華されてて。
ぐらいだからなんだろう。
*
たとえば。
江川とか松坂とかダルとか
ものすごくいいピッチャーが出てくると
カネヤンはたまらなくイキイキしだす。
彼のどこがすばらしいか
これからどんだけ球界を背負っていきうるか
を、とうとうと語る。
そして必ず最後につけ加える。
「ワシのほうがすごかった」
*
キクチが小学生のころ。
スピードガンがプロ野球にも導入されて
江川とか小松とか郭泰源とかが
150キロを投げたりしてみんなが
すげえすげえ言ってたころ
「ワシは現役時代160キロは投げとった」
わざわざ、言う。
それがきょうび。
150後半や160キロ投げる
ピッチャーが出てきたら、いつの間にか
「ワシは現役時代180キロは投げとった」
しらっと、インフレwww 猪熊磁悟郎みたいぢゃ。
*
全盛期にはチーム内で
「金田天皇」って言われるぐらい
絶大な権力をもってて。
どんくらい「天皇」かというと
じぶんが投げてない試合で
4回が終わった時点でリードしてると
監督とかコーチをシカトして
審判に勝手に「ピッチャー金田」ってって
交代して投げて勝ち星をかっさらっちゃった
なあんて、逸話もある。
もはや、プロレス。
*
そういう伝説には事欠かなくって。
あまつさえ、そうとうな「人たらし」で。
訃報が流れてからも、
(亡くなった人の悪口は出てきづらい
っていうことはさておいても)
人となりを表すエピソードが
すげえ出てきて。
そりゃ確かに上記ピッチャー交代とか
鬼畜なエピソードもあるにはあるが。
「名球会=金田&仲間たち」的な組織だったり
実際、私物化してたりとか
どうなの?ってエピソードもあるにはあるが。
基本的にたぶん、
昭和的ないいひとだったんだろう。
*
10年ぐらい前に
渋谷の企業に取材にいったことがあって。
雑居ビルのエレベーターに乗ろうとしたら
おんなじビルに「カネダ企画」が入ってた。
カネダ企画ってのは、
カネヤンの個人事務所で。
1階のポストには、かたわらに
「名球会事務局」って書いてあった。
まさに私物化w
*
なんだけど、おれは。
「おお、ここにカネヤンがいるのか!」
すげえwktkして。
取材先に訪れて名刺交換だの挨拶をするとき
「○階に金田さんの事務所があるんすか!?」
言葉のツギホ的に話を振ったら。
「金田さんって」
「エレベーターで乗り合わせると」
「かならず、声をかけてくれるんですよ」
「しかも一度会ったひとは覚えてて」
「二度目以降、『いつもがんばってますね』
って言ってくれたり」
「私があとから乗ると弊社の階数のボタンを
押してくれてあったりするんですよ」
って、広報のたぶん野球にさほど興味ない
女性が話してくれて。
カネヤンがよけいすきになった。
いらねえ情報。
*
やべえ、長くなっちったので
次エントリーにつづける。
駅伝のふり返りとか
チョー遠のくwww
*
「巨人の星については後述」つったが。
そんなんわけで
いきおいにのって、ひとつだけチラ見せ。
マンガ『巨人の星』で
こんなシーンがある。
カネヤンの引退会見でのシーン。
おれはこの、シーンが大すきだ。
*
最初にジャイアンツのオーナーが
カネヤンの来し方を説明し。
さて、カネヤンと記者との質疑応答になる。
というきょくめん。
この直後のコマ。
星飛雄馬の心の内(フキダシ)が
この記者たちの心の内やらを雄弁に語る。
み みんなだれしもが
さっきの伴とおなじに
むりにもわらいたがっている・・・
戦後のプロ野球界を支配し
燃えに燃えた太陽が いま
しずみゆくさびしさに・・・
こういう表現をする梶原一騎、な。
実際にこういうやり取りがなされてた
かは、知らないが。
梶原一騎に底流する
超一流のスーパースターへのリスペクト。
偉大なアスリートへのリスペクト。
を、最大限にあらわす表現力。
鋭敏すぎる感性。
梶原一騎って、やっぱり
文学の世界のひとなんだな。
よおく、わかりる。
*
独りよがりなカネヤン語りは、つづく。