キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

自己満足、みたいなこと 2018つくばマラソン

つくばマラソン。
ゴールしてコースにおじぎをしたら
そのまま端っこに移動して
膝を抱えて体育座りして泣いた。

ガチ号泣。ギャン泣き。(44歳男性)

いま、ゴール地点を越えてここにいるじぶんが
ほんとうに信じられなかったし
ゴール地点を越えてやったぞってじぶんが
ほんとうにうれしかったのだ。



つい先立って。
「がんばりました」ならそれでいいのか?
みたいなことを考えた。

ちょっとムカツく物言いをすっと。
「結果責任」ってのがあって。

それはよくわかんねえけど。
プロセスとか気持ちとかどうでもいいから
最終的に出た結果のみに対して責任を負うという。



これはなにを対象にしてるかとか
ひとそれぞれの考え方の違いとか
いちがいには言えないことなんだけど。



「マラソン」っていうか
「趣味」ってことに限定すっと。

どなたかがおっさってた
「そこで自己満足っていうか
自分を肯定してあげなくてどうすんの?」
に、話が飛んだ。

真理すぎる。



つくばマラソンの41k地点。
おれはじぶんを肯定してあげようとおもった。

別に事前にそう決めてたわけではなく
おのずとそうおもえた。



「マラソン」に臨むにあたって
何も満足に準備できてやしなかった。

じゃあ、結果一発で示すかってっても
そんなものとはとうていほど遠い。

なにしろ、実績っていえば。
10月のはじめに10kを驚異の69分。
11月の半ばにハーフを98分だぜw

よしんば今回も、終盤にさしかかるころ
「せめて3時間ヒトケタを叩き出そう」
鼻息荒くおもったわりに、
遠くおよばなかったし。



でもそれはしょせん局地戦、結果論なわけで。

ラスト何キロで時計とにらめっこして
「それには残りこんくらいがんばればこうなる
(がんばんなければ、こうなる)」
ってのは、当日その時点で降って湧いたことで。

たしかにかに、それも大切なんだろうけど
包括的に(?)考えれば
タイムはどうあれ、おれ戦いきった
っていう自己満足には満ちれた。

「うっわ、走り切れちゃったよ」的な。



なんでこんなぽえむを連ねるかというと。

ひとつは。
「そこで自己満足っていうか
自分を肯定してあげなくてどうすんの?」
には、今後のジョグとの向き合い方の
大きなヒントがあるような気がするから。



変な話。

いま伸び盛りでガンガン走れてるひとって
なんでそんなにガンガン走れてるかというと
ガンガンの量と記録の伸びが比例できてて楽しいからで。
乱暴に言っちゃえば、自己満足がいい感じでバランスしてるからで。

これが何らかの理由でガンガン走れなくなったり
記録の伸びがガンガンの量と比例しなくなったり
現状が距離なり速度なりで据えてた目標から遠ざかったりすっと、ちょっといままでの楽しさの勢いが削がれる。

いずれも自己満足の度合いが目減りするわけで。
それは遅かれ早かれ誰にも必ずやって来るものだから、いざやって来たときに、どう思い、対応すればバランスをとれるかって問題がぼっぱつするわけで。



あ、このくだりいらねえかな。
まあいいや、つづける。

めんどくさいから、はしょると。
「自己満足を連ねられるような設定の仕方」
「じぶんを肯定しつづけられる取り組み方」
がキモになってくる。

とか言いながら。
具体的にどう設定しどう取り組むか
については、ここでは触れないでおくけどなw



もうひとつは。

つくばマラソンの経過をどう書いたものか。
あるいは、なんならべつに書かなくてもいい、
今後のことも含めてジョグノに書けば済むかな
とか、迷ってるから。

つまりは、
「どっちがおれにとって自己満足が高いか」
っていう、青臭いことをうじうじ考えてる。



今回のつくばマラソン。
じぶんにとっては価値あるレースだったけど
タイム的には取り立てるほどじゃないし。

それをブログとしてさらす価値あんのか?
ニーズあんのか?(ねえだろ)も含めて。



そんなこんなで。
次エントリー、しらっと別のネタになってたら
それはお察しということかも。



って、言ってはみたものの。

そう言っちゃったら言っちゃったで
書くべきことがいっぱいあるじゃん。
おもえてきてるワケワカメw

そもそも「ニーズ」なんて、
足りない脳みそで考えてもわかんないんだから
じぶんに対してあればいいんだよな。


んだよ、ドブスチビ!