キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

一発屋芸人になりたくなーい、みたいなこと

表題はボキャ貧が足りない脳みそに汗かいてたどりついた的外れな解。

リレマラのつづきは、措く。
やっぱちょっと、いろんな想いが募りすぎてる。ゆえ。
じぶんのなかで消化しきれたころにアップする。

で、考えたこと。
ちょっと前からずっと考えてる、ホントどうでもいいこと。
ヒトサマに読ませるホドの価値は、ねえ。
保証する。


措くといいながら。
リレマラでひとつ超絶うれしかったことを挙げる。
超絶うれしかったことはいくつもあったが、そのなかでひとつ例示的に挙げるならば。



12時間の部がスタートしたころだったか。
まだ、スタートしてないころだったか。

6時間の部が終わり。
これからはじまる12時間の部に途方に暮れてるころ。
疲れきってて。
まさに「油断」っていう文字を体現してる感じで抜け殻になってると。

「キクチさんって、いますか?」

陣地にショートカットの超絶ビジョが現れた。
ロンのモチ、お顔に見覚えは、ない。

長嶋茂雄が「野球は人生そのもの」
って言ったのとおんなじぐらいの比重で
「ドッキリそのもの」的な感じだ。



その一点の曇りもねえ超絶ビジョはたしかに
「キクチさんって、いますか?」
って、言った。

言いましたー。



おれは立ち上がって言おうとした。
「・・・・・・」

おれが言う前に、ぼっち練チームのひとたちがめいめい。
「コイツですっ!」
「このバカですっ!」
「3秒後におれが殺るキクチはココですっ!」

いっせいに振り向き。
陣地のうしろのほうにいるおれさまちゃんを指さす。

いいオトナどもが、ヒトサマを指さすんじゃねえ!



おれが立ち上がって言おうとした
「ここにキクチなんてひとは、いませんよ」
は、ついぞ音声に出されぬまま、宙を浮いていた。

声の出しぬしも、テンパリすぎて、精神的に宙をふわふわ浮いていた。

「かっきぃといいます」
超絶ビジョは、名乗った。訊いてもねえのに。



今回のリレマラ。
ぼっち練チームのメンバー紹介をはじめたテンマツ。

パクリ元。



せっかくご挨拶にいらしてくだすったのに。

超絶人見知り。
アドリブ力ゼロ。
クソブサイク。

っていうおれの全知全能を総動員して。

気の利いたことのひとつも言えずに。
ばかりか。
どちらかというと、おもいっきし無愛想な感じで。

夢のご対面、シューリョー。。。



あまつさえ、それから12時間余。
たぶんおんなじ場所にいらしただろうに。
きっとニアミスしたこともあっただろうに。

何もお話しせぬまま、ご挨拶も返さぬまま、シューリョー。



ばーかばーかばーか。
てめー、なーにやってんだ。
ひとりになってから悔悟の塊になり。
髪の毛をこれでもかってぐらい掻きむしる。

41年間、幾度となくリピートしてきた
安定の自己嫌悪巡航・オブ・帰り道。

ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ。
っていうか、おれ、こういうんなんです。



例示的に挙げる、おしまい。
長え。。。



。。。



で、考えたこと。
ちょっと前からずっと考えてる、ホントどうでもいいこと。

いまさら青臭く、言っとく。
体内が青臭いで充満されすぎて、言っとかないと、青臭いにわが身を乗っ取られちまう。
ゆえ。



いま。
というか、ここ1年ちょい。

とある村の端のキワのキワで
みずから掘った穴に向かって、すきなことを叫びつづけてきた。

やがて。
とある村のひとたちと、リアルでお会いするようになって。
まいんち、劇的に楽しく過ごしてる。

ただ、ちょっとひんぱんすぎじゃね。

って、危惧をキグキグしてる。
ヒッジョーに、キグキグしてる。



あのう。
そもそも。
このつながりって、ものすごく得がたい系のものじゃないすか。

ある程度、人生を巡して。

だいたいの人間関係ってのは、イコール利害関係になってる。
利害関係があるのでしぜん、一定の距離をとれる。

「利害関係のねえひとなぞ、この齢になるといなくなるんだなあ」
って、悟りすました気になる。

そうすっと。



あっ。
へんにうまく書こうとすると、言いたいことが言えなくなるので
おもいつくままに、書いてまっせ。
ゆえに、ロジック的な整理はついてないし、つける気もねえ。
その代わり。

やたら長くなる。うけあい。



この齢になると盆暮れに、同窓会って、あるようになる。

小学校とか中学校とか。

そこに集まったひとたちとは、いまの利害関係はねえ。
共有してる記憶はあるくせに、いまの生きかたはぜんぜん違えので。
それがかえって、盛り上がる要因になったりする。

すげえ楽しくて。
それから1ヶ月ぐらい。
個別にひんぱんに集まったりして、どんちゃん騒ぎしたりする。

そのうち、飽きる。
いまの人生がまったく違うくせに。
あまりに、ひんぱんに逢いすぎたために。
ハナシがビミョーに噛み合わなくなったりして。

「やっぱ、最頻で盆暮れ、年2回ぐらいがちょうどいいよね」
って、落ち着く。



大学時代の仲間と、集まる。

ここでも、利害関係は、ねえ。
楽すい。

学生時代の腹がよじれるようなエピソードがどんどんくり出される。
「○○さんは、マジ、神がかってたよね」とか。

あまりに楽しいので、たてつづけに何度か集まる。

何度目かに、ハタと気づく。
「いつもおんなじハナシじゃね。ハナシに○○さん登場しすぎじゃね」

一歩も進んでない。
たしかにとどまることも、心地よい。
だが、現実の進みかたとのギャップに、うんざりしてしまう。
「たしかにあのころはむちゃくちゃ楽しかったけど、もう、いいや」
とか。

盆暮れ程度なら、楽しい。
って、程度に、とどめておきたい。

楽しさは、とどめておきたい。



とある村のかたがた。

共有すべきガキのころの想い出はとうぜん、ない。
日ごろはブログを見たり見られたり、してるだけ。

ふだんどこでなにをしてるのかも、知らない。
名前すら、知らない。

でも、ひとたび大会とかあると、お会いしたりする。
「いまやってる」ブログで話題を共有し。
「いまやろうとしてる」大会をいっしょにがんばり。
「いまがんばったね」って、盃を傾けあう。

そうして、いまと将来に生きてる感じは、同窓会とかと明確に違う。
おんなじ方向を向いてる感が、心地よい。
むろん利害関係は、ない。

なんか「のぶせり」みたいでもあり、カッコいい。



くわえて、みなさんいいひとばかりだ。
「ここは、いいひと博覧会ですか」ぐらい。

ジョグっていう、ある程度、齢や経験を重ねてこそ的なところに集うものゆえ。
ってことも、あるんだとおもう。
キホン、にんげん、できてる。みなさん。



でも。
しょせんにんげん同士。
遠くから眺めた富士山と、実際に登った富士山の姿が違うように。

いや、富士山に登ったことねえからあくまでイメージなんだが。

近接しすぎると、しょせんにんげん同士。
見たくないところも、見えてきたりするもん。じゃん。



「明日のことはわからない。
だから今を楽しく生きる」

全面的に、ただしいとおもう。

いっぽうで。
いろいろなかたと何度もお会いするうちに。

「このひととは、末長く仲よくさせていただきたい」
ってひととも出逢った。
1人や2人なんてもんじゃ、ない。

その人らと。

「今を楽しみたい」ってのも、
「ちと長い目で楽しみつづけたい」ってのも
どっちも、ホンネ。

一方的におもってるだけで、先方はどうおもってるかは、知らねえ。




で、だ。

サッコン。

そういうもともとブログだけでつながってたみなさんと。
SNSでつながり。
練習トゥギャザーしようぜって、なる。

ひんぱんにつながる。

ツイッターなんか、とある村のすくつみたいになってて。
いちんちじゅう、
誰かとやりとりしてたり、誰かと誰かのやり取りをみて楽しんだりしてる。

ショージキ、楽すい。



んだが。
ちょっと、近接しすぎだ。サッコン。



以下、すげえ言いかたがむつかしいんだが。

。。。

近づけば近づくほど、遠くからでは見えなかった
「富士山ってさあ、石がゴロゴロしてるし、すげえ強え風吹いてるんだぜ」
的な、過酷なぶぶんも見えてきかねない。

おれは、このお付き合いにおいて。
そんなものは、見たくない。

青い富士山を、青くてキレイだなあって、見つづけてたい。

おれの石ゴロゴロなさまも、けして見せたかない。

せっかくおんなじ趣味ってだけで集まって。
戦友、みたいなニュアンスで共感できてるんだから。

一発屋芸人って、あれじゃん。
本人ですら飽きてるのに、
おんなじネタを、いま、ちょっとウケてるだけだからって
やりつづけさせられて。

「もういいよ。飽きた」ってポイされちゃう。

的な、いい意味でいえば密度の濃い?
短期集中夏季講習! みたいなことは、
ここにおいては望んでない。



あれでしょ。
あくまでたとえ話として。

すきなチャンネーができて。
「このひとと片時たりとも離れたくないなあ」
「死ぬまでいっしょにいたいなあ」
って、想いが募って募って。

でも、アズスーンアズ結婚するやいなや。

あのゲキアツはどこへやらって感じで。
わずか数年で、諦観の惰性運行に耐える人生がはじまる。
みたいなこと、あるじゃないすか。

究極に近接してしまったばかりに、っていう。


かたや、中学とかのころ。
あまりにも高嶺の花だったチャンネーは。
記憶の中でいつまでも高嶺の花でありつづける。

じぶんが蝿すぎて、なまじっか近接できなかったばっかりに。
ナイス・フライ!

でもでもよしんば。
その「あまりにも高嶺の花」と奇跡的にキンセツキンセツしちゃえたとしても。
やっぱこうどこかで、諦観の惰性運行に耐える人生がおんなじようにくり広げられたはずで。

富士山のくだりみたいに。
高嶺の花に顕微鏡レベルで近接しすぎたら、ああちょっと違えってなるはずで。

なまじっか、って感じで。
さらなる惨劇が待ちかまえてるかもしれない。
に、ちがいない。

みたいな。



おなじみの。
だんだん、何を言ってんだか、わかんなくなってきましたコーナー!



てめえを卑下してるわけでも
ビジネス卑下してるわけでもなく。

じぶんは、ものすごくつまらないにんげんだ。
コミュ力はねえし。
脚、遅えし。
おもしろみも、フェロモンも、人間力も
魅力という魅力、なにひとつ、もちあわせてない。

だからこそ。
というか、

そんなに近づかれると、早晩、ボロが出る。
ただでさえ出てるボロが、ボロボロにこぼれ出してくる。

なので、そんな、近づくんじゃねえ。
って、おもう。

たまに、ボロが出ない程度に。
出たとしても「飲みすぎてつぶれてキモイ」ぐらいのとこで。
寸止めしときたい。

それなら。
ちょっと細まってもいいから、
スパン的なものをスパンスパン考えつつ。
そこで、楽しみたい。

ちっとは末長く的な視野でいきたい。
ぐらいの出逢いをせっかく、できたんだし。



大勢でどんちゃん騒ぎするのは、楽しい。
でも、ごく少人数で静かに楽しむのも、したい。

もっというと、独りをもっと楽しみたい。
そこをムリヤリ集まってみたいなことは早晩、苦痛でしかなくなってしまう。

集まりたきゃ、集まってくださいっていうし
そうでなければ、どんな楽しそうな集まりも、いかねえわ。



ポエム。

すっきりした。
言いすぎちったかしら。
ダイジョブだなこんくらい。生ぬるいな。

それがおれが楽しめる生きかた。仕方ねえ。

おれはおれが楽しめる生きかたをする。したい。
言いすぎだな。

以上、クソブサイクのテヘッ、でした。