「私、あのひとと結婚することに決めたの」
カノジョが言う。よく晴れた春の日。芝生がキレイな公園で。
(ん? あのひと?)
カノジョが指さすほうに、「あのひと」がいる。
「うそーーーーんっ!」
おれはクリビツテンギョーする。
(じゃあおれ、どうすんの?)と。
*
確かに。
決断ができないまま、7年も引き伸ばしちまった。
つぎ会ったら言おう、つぎ会ったら言おうって、踏み出せなかった。
おとしごろだってことは、わかってたはずなのに。
*
カノジョはあっさりくるりとあっちを振り向き、歩いてく。
30mぐらい先に、結婚することに決めた相手らしき男。
非のうちどころのなさそうな、好青年。
近寄るカノジョを、さわやかなスマイルで迎え入れようとしてる。
*
(マジか! マジか!)
(こんな偏狭ブサイクなんか、カノジョを逃がしたら結婚なんかできるわけねえぞ!)
(おれなんかを相手にしてくれるチャンネーなんかこんりんざい、現れるはずねえぞ! こんりんざい)
(こんりんざいって、いま2回言ったよね、おれ)
(「なんか」がやけに、ひんぱんじゃね?)
(っていうかこのままじゃ、ななちゃん、生まれてこねえぞ!?)
そんなことが頭をかけめぐってる、かたわら。
2人はおれのほうをみて、さわやかに会釈。
手に手を取り合い、向こうへ去ってゆく。
うわー。おわったー。
おわっちまったー。
おわつちまつたー。
こんな非常事態に、中也なていかよー。
もはや、何がおわったかも判断つかねえが、確実にものすげえ終焉を迎えたー。
気がするー。
*
。。。
*
パチリ。
目が覚める。
何がうつつで何が夢か、パニクりすぎてよくわからない。
あわてて、周りを見わたす。
どうやら自宅の寝室にいるようだ。どうでもいい。
時計は、7時ちょうどを示してる。どうでもいい。
外はすっかり明るい。どうでもいい。
隣でにょうぼうが目を覚ましてる。どうでもいくない。
*
「ダンナ。手!」
エラッソーに。
にょうぼうは、キツネにつままままれた顔をしながら、右手を差し出してくる。
おれは両の手で、にょうぼうの右手をガッチリシェイクハンドする。
「このあたくしに、清き一票を!」ぐらい。
「レッドおれブル、翼をください!」ぐらい。
尾道三部作、ぐらい。。。
なにを血迷ってんだろう。
よりによって。
血迷ったあまり、にょうぼうの手を握っちまった。
血迷ったあまり、どうしてもアイワナホーリョハーンって感じになっちった。
ホーリョハーンなんか今世紀初、いやいや、ややもすると生涯初、かもしれない。
エンピーバリア! って感じだ。
*
ホーリョハーンしたら、落ちついてきた。
やっと状況が、呑み込めてきた。
ちょっと冷静になる。
ちょっと冷静になり、いまおのれが見てきた夢の世界をにょうぼうに説明する。
「っていう夢を見ちゃって。あの、あのう、わ、わけがわからなくなっちって」
説明しなけりゃ手さえ握らねえエア夫婦、ってことは、措きまする。
冷静になってねえじゃんか。
*
「フッフッフ」
にょうぼうが、スマイルを浮かべる。
*
ん? なんだなんだ? フッフッフって?
まだ「フフフ」なら、救いようがあるぞ。
だが、促音「っ」をはさむことによって、解釈の幅は無限に広がりうるぞ。
「解釈」は、「妄想」と言い換えてもいい。
ここで言う「妄想」は、「超絶マイナス思考」と言い換えられる。
*
まさかの、正夢? 正かの、まさ夢?
予知夢?