キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の「辺境クソブログ」。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

平成最後の夏の左岸と昭和最後の夏の右岸、みたいなポエム

きのう夜。
駅からおうちへ河川敷をチャリを駆ってて。

雨と暗闇とジョグの疲労のマリアージュ
だかなんだか知らんが、キョライした。
「川の向こう岸に渡った世界が
昭和63年だったらメルヘンだな」



向こう岸は、川崎市。
中1の夏から高3の夏まで住んでた
川沿いのマンションも、よく見える。

で、いい齢してこんなことおもっちった。
「橋を渡って右岸(川崎側)にいったら
そこは30年前、昭和63年の世界で」
「逆に、左岸(狛江側)に渡ってきたら
30年後、平成30年の世界」

だったら、なんだかメルヘンだなあ、と。



昭和63年・中2のキクチに出くわしたら
平成30年・44歳のキクチは
どういう言葉をかけるんだろう?

「高校でも陸上つづけといたほうがいいぜ?」
「非モテは今はじまったわけじゃねえ。
44でもまったくモテてないから安心しろ」

。。。

うーむ、なんかもっと、コウ。
言うべき大切なことがあるような気もするが
おもいつかねえ。

えてして、大切なことって
一通りが済んだわりと直後に、
超絶ナイスアイデアが浮かぶもんじゃないすか。

14歳・中2のころのじぶんは
どういうことにおもい悩んでたんだっけ?



いっぽう。

昭和63年・中2のキクチは、
平成30年・44歳のキクチを目のあたりにして
何をおもうんだろう?

「21世紀なのに全身タイツじゃねーのかよ!?」
「なんだその、手に持った発信機みたい板?」

あるいは
「マラソンで3時間すら切れてねえとかクソだせえ」

はたまた
「は、禿げてないぞ! ナイスおれ!」

「結婚はしてんのか?できてんのか?」
「っていうか、○○ちゃんとはうまくいくんだろーか?
訊いてみようかな。どうしようかな」



おもいかえしてみますれば。
1988年、昭和最後の夏、
おれは中2で。

2018年、平成最後の夏、
ムスメっこが中2だ。

だからどうだってんじゃないが
なにかしらの奇妙な符合感はあるし。

昭和からみれば、すげえ未来感
かたや平成からみれば、あっという間感
も、どこかしら、ある。



大正最後の夏は。。。
って、テキトーに書いてていま気づいた。

おじいは明治45(1912)年生まれだから
大正最後の夏(1926)は中2だな。
当時は学制が違うにしろ。

どうでもいいが、これも奇妙な符合だ。



ちなみに。
東京オリンピックのときおれの母は15歳で
東京オリンピックのときムスメっこは15歳。

ってのもまたまた、奇妙な符合だが
どうでもいいばかりか、
話がぶれまくるので、措く。

いらねえ情報的には。
とりあえず、wktkして。
母親にメールしてみた。

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しかし。
(超絶妄想ベースで)
「昭和と平成」は登戸の橋を渡ったら
タイムトラベルできるのはわかったが。

「大正と、昭和や平成」
「東京オリンピックと東京オリンピック」は
どの橋を渡ったら、トラベルできんだろう?

天竜川とか?
ザ・どうっでもいいな。



って、書いてて。
「いまの登戸の橋って(たしか)
20年くらい前に架けかえたから
どうやっても向こう岸には渡りきれなくね?
14歳と44歳は邂逅できなくね?」

という世紀の大発見をしたものの。

出発点がメルヘンなんだから
この大発見が陽の目をみることはないのだ。
のだ。

ポエム。



こういうこと書いちゃうのって
「お盆が近い」のと関係あんのかな?
まさに、どうっでもいいな。