日曜は新横浜公園に行った。
オークさんが美女ガーさんたちに
基本走教室みたいなものをやるってんで
イッチョカミさしていただいたのだ。
のだ。
*
予習として、これが公開された。
ランニングフォームドリル動画 3選。
B Skip!!
ペアドリル(はーと)
で、動画をみて、せめて
どう動くか、形だけでも頭に入れて臨むぜ。
ってつもりだったんだが。。。
*
オークさんの練習は
「それ以前」のところからはじまった。
いま、おわってから俯瞰してみると
「それ以前」は上の動画につながる部分。
○どこに何を意識してやるか
○何のためにやるか
への連続性(?)みたいなものを
よくわかるよう
考え抜かれたものだったんだが。
まず「それ以前」が、さっっっぱり、でけない。
*
わかりやすく、はしょって言うと
「形だけでも」頭に叩き込んでったやつは
「形」すぎて。
意識するポイントがまったく違ってたので
それを意識したら、頭が真っ白になる
という。
たとえば、着地位置のためのものだったり
リズミカル、なためのものだったり
するんだが、アタマ・もう・ホワイトアウトw
「わかりやすくするつもりが」パッターン?
*
ひとつひとつのつまびらかは、ここでは措く。
というか、オークさんが望んでるかわかんないが
せっかく教えてくだすったので
てめえのことだけにするのはもったいないゆえ
折に触れて触れていきたいが。
けっきょく「やんねえフラグぇ」になる臭いが
ぷんぷん、しなくもない。
*
じぶんの運動神経のなささと
リズム感という言葉の辞書になささが
おもくそ、露呈しただけでござった。
中学のころ、うんざりするほど
「基本走」ってのやらされて
ちょっとタカをくくってたぶぶんもあったが。
それはたぶん、ただルーティンでやってただけで
あまつさえ30年も前のことだから
いろいろ進化してるし、やり方も忘れてる。
ってことなんだろうなあとおもった。
*
官九郎さんのフジヤマプロジェクトで。
(ラダーだのやったりするやつ)
フジヤマさんとかUkeさんが
ギャグレベルにぜんぜんヘンテコらしくて。
ってのは、まったく他人事ではない。
おれも、抱腹絶倒ギャグ。ミートゥー。
そこで、Ukeさんがウクレレにたとえてた
のが、すごく頭に残ってて。
「楽器の練習をするのと似てて。
反復で動きを体にしみこませる」
ってニュアンスは、すごく当たってるな。
Ukeさんってそういう言語化能力すげえな。
ワケワカメなコスプレとかするケド
マジ、あったまいいなあ。
おもったおもいましたとさ。
*
「オークさんの美女ガー練習」
途中からアタマ・ホワイトアウトしただとか
早くビール飲みてえ飲みてえおもったのが
のちにそれが、すげえ裏目に出たとかは
明日以降、触れるか触れないか、する。
とりあえず、きょうはここまで。
*
。。。
*
ぜんぜん関係ないこと、言う。
いまの朝ドラをまいんちみてんだが。
どうも最初のころ引きこまれた感じと
サッコン、だいぶん感じが変わってきてて。
10代の「ほれたはれた」ばっかで。
じゃっかん、醒めた目で惰性でみはじめてる。
きょう(きのう)一段落ついたっぽい
テーマのひとつが。
「男女の友情は成立するか(しないよね)」
的なこと。
*
あ、朝ドラみてないひとにはワケワカメだな。
おんなじ日におんなじ岐阜の病院で生まれた
佐藤健と永野芽郁のおさななじみが
高校を卒業して、それぞれ東京に出てきて。
佐藤健・ヌッツオにチャンネーができたら
関係性のバランスが崩れ始めてきて。
でも、いままでとおんなじ感じで
佐藤健に接する永野芽郁と
そのジョーダマなチャンネーが揉めて。
佐藤健と永野芽郁は、決別した。
というのが、きょう(きのう)まで。
*
「男女の友情は成立するか(しないよね)」
ってのは、たぶん本筋のテーマと、はずれてる
あくまで、おれが勝手に見てる印象で。
。。。
あ、なんでこれに触れたかというと。
2つあって、こんがらがるので順番に言う。
その前に1つ、いらねえ情報を言うと。
上記「佐藤健・ヌッツオ」
おれ、どうもね。
「健」ってなまえをみると条件反射で
「ヌッツオ」つけたくなってしようがねえ。
「けん」だろうと「たける」だろうと。
これは、しようがない。
「ジョン・健・ヌッツオ」の威力がすげえ。
アルピニスト?
ブログニスト?
*
1つは。
この、ヌッツオ、永野芽郁、チャンネー。
永野芽郁はおさななじみのヌッツオを
いままでどおりの、
おさななじみとして接しようとする。
それに嫉妬したり、うっとうしくてしようがない
ジョーダマチャンネー。
(とヤリたくてしようがない盛りの、ヌッツオ)
って図式で。
永野芽郁はコミュりょくぜろで
セルフィッシュな性格。
でも、永野芽郁が主人公だから
チャンネーが性悪みたいになってるけど。
(ほんとうにそうなのかは知らんが、一見)
この三角関係。
ほんとにダメなのはヌッツオだろ
って、おもうの。
*
あと1つは、
「男女の友情は成立するか(しないよね)」
いかにも、青臭いじゃないすか。
青春期に多くのひとが通り過ぎるやつ。
通過儀礼(?)的なやつ。
でも、それを44にもなって
もう一度考えるのも、いいかなとおもった。
*
「もう一度考える」ってえと、違うな。
いまのじぶんに置き換えて考えたとしても
何のサンプルも、学習の余地も、ねえし。
*
なにを言いたいかというと。
「男女の友情は成立するか(しないよね)」
じたいを考えるってんじゃなく。
そういうことを
「若いころって、そういうもんじゃん」
「青春って、いいっすねえ」
ナドト、へんにベテランっぽく
悟りすました目で見るのは、アレで。
ひょっとしたら、ちょっともったいなくって。
*
その「悟りすました目で見ようとする」
じぶんをいましめるっていうか。
そういう青臭いが、しかし
当時は切実だったに違いない想いを
ためしにちゃんと考えてみるっていうか。
いま、44だからこそ
44の感性では、どう当たるか。
って考えたら、いい暇つぶしになるかも。
おもった。
*
えーっと。
どんどん言いたいこととずれてる。
たとえば、ですね。
ななちゃんが、おんなじ悩みを持ったとして
仮にその話を、おれ(父)に持ち込んできたとする。
それにちゃんと乗ってあげるニュアンス。
*
おれは父親として。
「エラソーに『それが青春だよね』っても
ムスメっこには、なんのアンサーにもなんないし」
「でも、そこに没入っていうか、
盲目的になりすぎるのも、イタいだけだし」
「でいて、冷静と情熱のあいだっていうか、
どうやって、その融和点にゆきつけばいいか」
とかって、考えるじゃないすか。
じぶんのムスメっこがそれにぶち当たって
ガチでなやんでたとしたら。
「いま、もっと悩んどけ悩んどけ」
って、おもうはんめん
「悩んでるムスメっこにいたたまれない」
「この子の参考になるアドバイスしたい」
って、バカ親だからおもう。
そういうの。
*
ううむ。なんつうんだろう?
「いまさらちゃんと、太宰治とか村上春樹を
もう一度、読み返してみる」ニュアンス?
「青春期の通過儀礼」としてありがちな
ただの、もののたとえ。
*
。。。
*
このエントリーの着地点がみつからないので。
無モテ・クソブサ・キモメンが
青春期にあみだした悟りを、うすくあさく
意味もわからず、さらしとくと。
。。。
あ、いいや。
ガチであっさくて恥ずいので、書いて消した。
*
でも、コウ。
「男女の友情は成立する」
って真正面から信じたい時期ってあって。
よしんば「男(女)同士の」ってのもあって。
でいて、同性の仲よかったやつに
チャンネーができたりすると
局面があたりまえに一気にガラッと変わって。
なんていうか、「無常」っていうか
ものすごく脆弱なあやうい信頼関係を
よすがにしてたおれのばかばかばかーって
自責する経験。ってのも、ひつようなのかも。
それがなんの役に立ったのかは
はなはだ、わかんねえケド。