キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の「辺境クソブログ」。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

ブログの未来、みたいなこと

あ、このクソ辺境をどうするとか
そういうことじゃ、なくって。

たまにどっかで言われてるじゃないすか。
「そのうちテキストメディアはなくなって」
「動画メディアに取って代わられる」

そういうたぐいのやつ。



たとえば、ツイッター的なやつが
インスタ的なものに取って代わられる、的な。

いちいち文字は書かなく/読まなくなって。
動画でもって、すべてを伝える。

「このステーキ、マジクソうめええ!」
なんて文章じゃなくって。

マジクソうまそうなステーキが運ばれてきて
マジクソうまそうにそれを食ってる動画。
そのさまをみれば、わかりる。っていう。

直接的でいいじゃん。っていう。



そういう伝達のしかたが
(実際もう大いにあるんだが)
もうじき、主流になってく。

主流ってえと、伝わりづらいな。

それは。
いまや、「字を書く」ってえと
筆記用具で紙に書くんじゃなくて
キーボードなりなんなりで打つ。
のが、アタリマエになってて。

「手書き原稿」なんていうのが
逆に稀少になっちゃってるように。

「え? 原稿、手書きなんすか!?」

的な、ドラマチックな変換。
パラダイムシフト、ってえの?
イノベーション、てえの?

そういう。



あ、何言ってんだかわかりづらいっすね。
ひとまず措きまするね。



ブログってのは、いま
大多数がテキストで構成されてる。

それが、もう間もなく。
「え? ブログ!?(ぷぷぷ)」
「きょうび、キーボードなんか打ってんの!?」
みたいなことになって。

「ブログ」って言葉じたいが
「文通」ぐらいのレトロ感を帯びる。
ってときが来るとして。



おれらは、手書きにせよキーボードにせよ
「文字を書く・読む」っていう
旧文化にまみれてきたので。

なおかつそういう旧文化の下で
ある程度、齢も重ねちゃったので。

「もう、文字なんか書かねえよ」
って時代になっても、もう対応しきれない。
と、おもう。



で、こういうふうに。
順を追って説明すんのめんどくさくなったので。
はしょって、すっとばしますね。

「おめえキクチよお、
ぜんぜん措いてねえじゃねーかよお」

お、おう。。。



。。。



このエントリーで何が言いたいかというと。
「じゃあ、口述筆記ってどうなんだろ?」

書く=「喋る」

書く=「ペンをもつ」「タイプする」じゃなく。
音声入力ってやつ。



こういうの。
前にどっかでほざいたような気がするが
クソ辺境内を「音声入力」だの
「口述筆記」だので検索しても
何もヒットしなかったので、つづけますね。



つづけるんだけど。
いろいろはしょって。
いろいろ書いてはみたけど、大幅削除。

っていうか、どうせ絶滅寸前ブログ。
どうせならブログごと削除しちゃえよ。
いらねえし。つまんねえし



このエントリーで。
ほんとうに言いたいのは何かっていうと。

「喋る速度でブログ書けたら。
と、おもうとなんだかwktkしてきません?」




ブログをキーボードでもって書くとすると。

どんなに速いひとでも
キーボードを打つ速度ってのは
考える速度よりぜんぜん遅くって。

せっかく、いいネタひらめいたとしても。
それが頭から腕を伝って
指先でタイプするまでのタイムラグで
ちょっとニュアンスが変わってきちゃう。

ってこと、あるじゃないすか。
ってのが、もどかしくてしようがない。



「ねえよ!」だとしても、仮にあるとして。

「おめえみてえな、三歩歩くと忘れる
ニワトリ脳とはちげえんだよ!」
だとしても、仮にタイムラグがあるとして。



その速度が。
思考>>>>>>>>>>>キーボード
だとしたら。

脳みそから指先のキーボードよか
脳みそから口先のほうが距離が短いぶん

思考>>>口述>>>>>>>>キーボード
ってなったら、動線が速くなる。

知らねえけど。



ってリクツで。

音声入力、口述筆記をモノにしたら
ひょっとしたら、よけいなことが混ざらないぶん
クソ辺境も、少しはクオリティあがるんじゃね?

絶滅待ったなしのクソ辺境にも
救いの手がさしのべられるんじゃね?

って、ちょっとwktkしたりなんかして。

本格的に(?)音声入力に参入してみようってんで
試してみたらば。。。

つづく。




なんだが。
こんなんののてんまつに、誰もニーズねえよな。

まあいいや。
つづけたほうがいい気がしたら、つづける。

しなかったら、なかったことにするw