父は1人でスナックやパブに飲みにいくのが好きなひとだった。
お店のマスターや常連さんとなかよくなり
教員をしてたので「センセイ」と呼ばれ
調子に乗ってカラオケを歌いまくり
「センセの越路吹雪と美空ひばりは違うねっ」
などというミエミエのヨイショに気をよくしては
お店にゴンゴンお金を落としていた。
*
何度か引越すたび、
新しい街で父がまずしたのが
行きつけのお店さがし。
マスターや常連さんとなかよくなり
やはり「センセイ」と呼ばれ
カラオケを歌いまくり
「センセの越路吹雪と美空ひばりは違うねっ」
とミエミエのヨイショに気をよくして
ゴンゴンお金を落とす。
おれもそういうオトナになるんだろうな
とおもった。
お店のひとと知り合いなんてカッコイイな
とおもった。
トモダチナラアタリマエ~。
とアルシンドになっちゃうよ、なていで。
*
店に入ると
「あ、センセ。いらっしゃ~い」
と、どんなに混んでようと席を空けてもらえる。
ビールを1杯飲むと、焼酎とお湯と
梅入りのグラスが勝手に出てくる。
ボトルキープ。オトナのたしなみ。
ころあいになるとカラオケに勝手に
「お祭りマンボ」が入れられ
やにわに立ち上がる。
「コレ、つくってみたから味見してみてくれる?」
と、メニューにない干物のあぶったのが出てくる。
夜が更け、
店内がお店のひととおれらだけになり
勝手に入れられた「ヨイトマケの唄」を
歌う父の前で、涙を流しはじめるママ。
ヨイトマケを歌い終わると
「コレ、もってって」と漬物をおれに渡し
クルマで家まで送ってくれるチーママ。
カッコいいな。
おれもオトナになったらこういうふうになりたいな。
とオトナになってたケド、おもった。
*
父親に似てお酒が大好きなオトナにはなった。
父親に似ず、1人飲みやカラオケはしないオトナになった。
超絶人見知りちゃんなので、
1人で飲みに行って、というか
「未開の地に乗り込んでって、ともに楽しむべき仲間を探す」
という行動じたい、
おれさまちゃんの辞書に載ってない。
*
あ。
店員さんと客との適切な距離って何だろう
ということを書きたいらしい、おれは。
言っとく。
*
オトナになって
お酒を飲むようになって
少ないケド、いくつか行きつけの店ができた。
もちろん、そんなわけで
マスターやほかの客とトモダチナラアタリマエ~
にはならない。
いつかトモダチナラアタリマエ~
できるオトナになりたいなと
憧れつづけながら。
*
「お店のひととあんまりなかよくなるのって
何か、やだよね」
去年の暮れごろだったか、
仕事終わりにボスと飲んでて、いきなり言いだした。
ボスはどちらかというと
お店のひととコミュニケーションをとるほうだ。
なので、意外だった。
「そうなんですよ!」
超絶人見知りを棚に上げて
さも、いつもの自閉的な展開はそもそも
なんかしらの哲学に基づいているかのように
おれは、首肯した。
*
いちめんでは。
お店のひととなかよくなって
「お店の顔」みたいになり
それなりの融通も利いちゃったりするのって
どこかちょっと、キュークツでもある。
「おれ、ココの顔だから」的な客って
どこかちょっと、うざったくもある。どこかちょっと。
お店のひともなんかそのひとを
えこひいきしてるみたいで、
傍から見ると、そんなに気分のいいものでは
なかったりもする。
別に「こちとら客だぞ」て
ふんぞり返るつもりも
かまってちゃんになりたいわけでもないケド
ランク付けされてるような気がする。
どこかちょっと。
かんぜんに、被害妄想。
かんぜんに、負け犬のシット。
として。
*
ふつうに店に入り、飲み食いする。
話しかけも、かけられもしない。
オーダーも、ミョーなおべっかは一切なし。
で、しこたま飲んでお会計して出るまぎわ
奥のほうから
「いつもどうも~」
と、マニュアルではない声がかかる。
それ以上はいらないよね。
そういうこの店、サイコーだよね、キクチくん。
ですよね、ボス。と。
おれの行きつけの店はだいたい
こういうふうにして、できあがる。