キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

きのうのドリフみた? って聞かれて

なにげない会話のなかで大いに首肯して以来、
おのれも心がけてます、という話。

会話があったのは、むかーしむかし。
大学時代。学科の友人と。


「きのうのドリフみた?」って聞かれてさあ、
こっちは「みてない」って言ってんのに、
延々ときのうのドリフの話を続ける
みたいなヤツ、いるじゃん?
と。
タチ悪いのがさあ、
そういうヤツの「おもしろい話」って
必ずつまんないんだよねえ。

興奮しすぎてんだか知らないけど、
話しながら自分でおもしろさを反すうしてるだけで、
おもしろさがこっちにまったく伝わってこない、という。

いや「こっちが興味ない」を差し引いても、だよ
と。



後半は後半でツッコミどころが増えすぎて
いいたいことがボヤけちゃうんだが、いちおう。

要は「みてない」って時点で
いろいろ考えないとね、という。



あ、ひとつ言っておくとコレ
ひと昔前に流行った
「空気読めない(KY)」とは違う。
あきらかに違う。

ビミョーな、感覚的な違い。
筆力不足でうまく説明できないんだケド。



あまつさえ、往時(KYが流行ってたころ)
「キクチはKYだ」
ってさんざん言われた。

こちとらもとから空気読もうなんて、
さらさらおもってないもん。

KYって言われれば言われるほど
ジャクリーヌが本領発揮して
「意地でも読むまい」としてたんだもん。

と、
人間だものくだものだもの、でおなじみの。。。



話を戻すと。

「みてない」の時点で
いろいろ考えないとね、なんである。

たぶんそっちのほうが
ずっとワクワクする。



いや実際、おれも、
気をつけていながら、
「ドリフの話」を続けちゃって、途中で気づいてアチャーてなること
けっこうある。とおもう。

いや、罰則のないただの心がけだから、
いいじゃないすか。
とエクスキューズしとく。

ほんとスミマセン!
誰に謝ってんのかは、知らん。
いちおう。



細かくツッコむと、
友人の出したたとえ
「きのうのドリフ」。

ドリフ=土曜
会話=次の学校ある日(月曜)
だとしたら、
「『おとといのドリフ』だろ」なんだが、

そんなん些細すぎて、
どうでもいいんだ。

正直いうと表題、
街を歩いてて不意におもい出して
「しかしうまいこと言ったもんだねえ」
っておもっただけなんだ。