キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

個人面談

きのう、ムスメの小学校の個人面談に行ってきた。

この担任の先生と話すのは、はじめて。
異常に楽しみにしていた。

行ってよかったという話と、ついでに
おれさまちゃんのフラッシュバック語りをしちゃう。

「ついでに」のほうは
読む価値はありませーん、とあらかじめ。



行ってよかった
は2つある。

1つは、ムスメを預けてる人とじかに話せること。
1つは、自分が子どものころ感じた異次元の世界を体験できること。



ムスメは小2になる。
春の家庭訪問のとき、それに向けて帰宅したら
先生が帰っちゃった10分後だった。

家庭訪問は、自分にとってけっこう重要な行事。
去年も、それなりに想いをもっていた。
家庭訪問(2001/04/20)

個人面談は、そんな春のバンカイ。
気合いを入れて臨んだ。



1つめ。
ムスメを預けてる人がどんな人か。
とりあえずそこに、すごい興味がある。

年度はじめのクラスの委員決めには出た。
そこであるていど、
熱心な人なんだなとかはわかったし
日ごろムスメから話を聞いて、
やさしい先生であることもわかってた。

でも、違うんである。
自分のムスメを預けている人がどんな人か
ムスメの話というフィルターをとおしてではなく
フェイス・トゥ・フェイスで話して、
感じたかったんである。



というあまのじゃくり方。



1年生のときの担任もすばらしかったが
いまの担任の先生もすばらしい。

いまの担任の先生は、
基本的に子どもをほめたり、
いいところを見守るタイプのようだ。

しょせん、おれの子ども。
運動も勉強もできて、性格もいい、
パーフェクト超人であるわけはないので
ひとしきりプラス方向の話を聞いたあと
マイナス方向の話がないか、訊ねた。

が、出てこなかった。

若い先生だし、
ひょっとしたら遠慮してるのかなと
一瞬おもったが、よくよく話を聞くと
そうではない。

ムスメの性格や特性を理解して
ムスメなりの成長の速度に
教育の目線を合わせていてくれている
ということが、よおくわかった。



たとえば。
ムスメは、積極的に発言するガラではない。
授業中、手を挙げる子はかぎられてる。
でも、教室を歩きまわり、
ムスメのノートをのぞくと、
自分の考えがちゃんと書いてある。
という。

「だからたまに、ナナコちゃんを名指しで
意見を発表してもらうことがあるんですよ~」
という。

あくまで。
「できてるんだから、自信をもって
手を挙げて発表しなさい」と、強制しない。



個人面談に臨む前、
先生に言おうとおもってたことの1つは
「ムスメは引っ込み思案だけど
自信をもったら突き進む性質だから
うまくそういうふうに仕向けていけると
案外おもしろいかもしんないですね」
だった。

言う必要ねえ。わかってくだすってる。



もう1つ。
自分の子どものころ感じた
異次元の世界を体験できること。

おれが小学生のころ。
学校の先生と親の面談は、
子どものおれにとってはブラックボックス。

親が面談を終えてから、
いくらおれが様子を聞いたとて。
ちょっとした言葉のニュアンスとか
場の雰囲気は、ダイジェスト版ではわからない。

あまつさえ。
親が実は先生とすげえ深い話をしてるのに
おれにはオブラートに包んで報告する。
みたいなことがあるんじゃないか。
みたいな勘ぐりをしていた。

小学生のおれにはアンタッチャブルな
オトナの話がそこでなされていたんじゃねえか。
それってなにそれってなに?
という好奇心。

親になれば、それを、
親側からみられるぜ、という好奇心。
オチなどない、たんじゅんな好奇心。



オチはないし、
子どものときに想像していた
めくるめく世界なんかあるわけないんだけど
なんかこういう夢が実現したぜ感。

あと、上とかぶるが、
子ども1人育てるのに、
学校の先生とおれとにょうぼうと
ほか学童とか実母とか義母とか、
オトナが共闘してるぜっていう、グルーヴ感。



少なくとも、会った感想として、
いまの担任の先生も、十分、信頼するに足る。
ということがわかった。
エラソーに。



話はまったく変わる。
小学校の先生というか教師ってすげえ、ということ。
冒頭で言った、フラッシュバック。



おれの父親は教師をしていた。
中学と高校の教員免許をもってたが
おれが知ってるかぎり高校の講師をしていた。
それ以外にもいろんなことをしてたが、
安定的な生活の糧は、
複数の高校で授業をして得てた。



大学3年生のころ父と飲みに行って
おれの将来の話になった。
もちろん、というか、おれには
カッコたる自分の将来像なんてない。

父はおれに「学校の先生はどうだ?」と聞いた。
おれは「絶対にムリだ」と言った。
つづけておれが話した内容に、父はえらく感じ入った。
ということを後年、母から聞いた。

おれは酔っぱらってたし
そんな強い気持ちで話したわけではないけど
内容を聞くだに、酔いにまかせてか、
十分に正直な話をしたんだとおもう。



おれ自身、少なくとも
小中学校で出会った先生は、
尊敬すべき人ばかりだった。
ほんとうに恵まれていたとおもう。

まあ、尊敬っていうのはあくまで
「いまおもい返すと」で。
小中学生のころはそこまでじゃなかったんだろう。

が、20歳そこそこの当時でさえ
先生から受けた影響が大きかったからこそ
いまの生き方や考え方がある、
みたいなことは実感してた。

「先生ってデカいな」ぐらいはおもってた。



さし飲みの席で父に問われるまでもなく
教師になるとかは別にしても
「自分がああいうふうに
他人に影響を与えることができるか」
ていどのことは考えてた。

難しい。とおもった。
できない、じゃなくて難しいとおもった。

じゃあ、教師になったらどうかと考えた。

たとえば。
おれにある伝えたいメッセージなりがあるとして
それを子どもに伝え
その子がおれのメッセージに影響を受けたとする。
その子がキャッチしたことに対して
はたしておれは責任を持てるのか。そりゃ

「絶対にムリだ」。



あれから15年だか20年経ったので
さすがにそういう、青春期特有のまっすぐというか
ものごとの一点だけを見つめて考えすぎる
みたいな視点よか、
いまはちょっとは広くなったとおもう。

でも、基本ラインはおんなじ。

だからこそ、
教師という生業を覚悟をもって選んだ時点で
「おれにゃとうていできないぞ」という意味で
学校の先生って尊敬できる、
という考えが根底にある。

特に近年の教育の現場は、
などという話は、長くなるのでカツアイ。。。