キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

観月ありさ的な

やくざ監督と呼ばれて ~山陰のピカソ・野々村直通一代記やくざ監督と呼ばれて ~山陰のピカソ・野々村直通一代記
著者:野々村 直通
販売元:白夜書房
(2012-04-28)
販売元:Amazon.co.jp
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きょう、白夜書房主催の野々村直通さんのトークショーにいってきた。

学生時代、毎週月曜に飲んでた高田馬場に降臨。

大正製薬系のテニスコートが学校の裏にあって、
うちのサークルは毎週月曜にそこで練習をしてて、
学生が騒げる2時間飲み放題の店が高田馬場にあったという、
20世紀のできごと。

そんなことはまったく関係ないけど、
白夜書房主催のトークショーということで、ひさかたの高田馬場。



とりあえず、主題から紐解いていく。
トゥー・シャイ・シャイ・ボーイ
とぬかしたかったんである。

「ボーイ」は、おれ。
断じて、野々村直通さんではない。



われながら、
野々村直通「さん」というのに、イワカン。
監督とか、先生、が適当だとおもう。



とりあえず、いまのおれは野々村さんの話にとても心酔してて、
興奮さめやらず、帰り道で酒を買い込み、独りで飲みはじめちった。

だから、このエントリーは、トークショーの野々村さんのことというより、
おれのジイ的行動から。

性分として、次のエントリーにつづくかどうかは疑わしいが、
トークショーにおける、おのれのアクションを描く。
まとめると、表題。



復習。
誰に対しての復習かはさておき。。。

おれは、高校に入ってから1ヶ月間、
クラスメートとひと言も話さなかった。

正確にいうと、
話さなかったんではなく「話せなかった」。
んである。
そんくらいの、観月ありさ的。



こーゆー仕事をするようになって、
初対面の人にもやたらとフレンドリーに話すようになった。
取材、という武器をうしろだてに。

おれもやればできんじゃん、
ヤレ~バデキ~ルヨデキルヨヤレ~バ~
などとおもってたんだが、
生来のそういうものは、変わんないらしい。



まわり道がくどい。



おれは、野々村直通さんっていう人を勝手に大好きになったのは、
そのきっかけは2010年春のセンバツ甲子園の中継。

向陽高校に負けたとき、試合後のNHKの中継で
「野々村監督はひと言も話しませんでした」
という、前代未聞の談話があったこと。から。

仕事場でこの様子をみて、
なんだかわからないけど、
「負けたほうのあるべき姿をとうとうみちゃった」
という気分になった。
異常にすがすがしい気分になった。



そのころのエントリーでいったけど、
その後のバッシング意味がよくわかんない。



おっと、まだ前フリが長い。
本題に入る。



きょう、野々村さんの上のほうに表示されてる本の
出版記念トークショーにいった。

6月に入ってから、
ずっと、ワクワクしていた。

きょうの昼ごろなんか、
仕事場の女史に
「おれ、きょうコノ日なんっす」
などと、
冒頭にある本をチラ見せしつつ、
とる方向によっちゃ、カンッペキにセクハラまがいの発言をほざいてた。



そんくらい、ワクワクしてた。



あいかわらず、前フリが長い。
観月ありさの首が伸びすぎちゃってるんである。



トークショーが19時だからっていうんで、
18時すぎに仕事場を出て、
あわてて、高田馬場の会場へ。



トークショーのことはさておき、
その後、「会場は100人弱いるから1人ずつのサイン会は不可能」
ということで、
限定20名の直筆サイン配布。

入場時に、ドラフトのときのくじ引きみたいな箱に、
おのれの名前を書いた札を入れる。

当選した2名は、野々村監督じきじきに
即興の似顔絵を描いてもらえる。

それは、はずれ。



はずれた中から、20名へ、講演前に書いた直筆サイン色紙のプレゼント。
15人目ぐらいで、来ました。

キクチヒロシさ~ん。
IMG_0695
ジ・キ・ヒ・ツ・
jkht。




呼ばれた瞬間、モーレツに感動してた。
んだけど、うれしすぎて、アドリブすぎて、どうしていいのかわからない。
名前を呼ばれて、当然のように席を立ち、
通過儀礼のように監督と握手をして、色紙をいただく。。。



いや、
当然のように席を立ったんではなく、
びっくりして、トリニダーゴ・トバゴ、じゃなくて、すっかり取り乱しちゃってたんであるし、
通過儀礼のように監督と握手したんではなく、
感激のあまり、なんにもできなかったんである。

観月ありさ、ことトゥー・シャイ・シャイ・ボーイ
だったんである。

そのシュンカンに~。だったんである。



握手をさせていただいた野々村監督の手は
ものすごく温かかった。

握手をして「もったいねえから手を洗わねえ」とおもったのは、
30年以上前、多摩川グラウンドで原選手と、以来。
ぐらい。



でも、その感動を表に出せなかった。

行動だけを見れば

ナマエ、ヨバレル、
オレ、マエ、デル、
アクシュシテ、カミ、モラウ。

だけ。



きょうのトークショーはほんとうに楽しみだったから、
本を何回も読んで、必ずしようとおもってた質問を10コぐらい書きだして、
そういう万全の状態で臨んだはずだったのに。



講演が終わり、会場を出る。
外には、受付のロビーの傍らに監督の作品集が展示されてる。
「高校野球小僧」に載ってた、おれが大好きな絵もある。

山陰のジャイアンこと、白根投手が安田選手の肩を抱き、
どこかを指さしている絵。
添えてある
花道を斗う子らのたのもしく末代までの誇りとぞ思ふ
の句。

その横に、講演を終えた野々村監督が立っていらっしゃる。
でも、おれは気づかれないようにいつもより深めの会釈をして、
そそくさと会場をあとにする。

高田馬場で山手線に乗り込むやいなや、
自分の観月ありさ的なものを、強烈に攻め立てる。

おめえ、監督にありがとうございましたぐらい言えよ、
バカヤロコノヤロ。

たけしなていで。