キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の「辺境クソブログ」。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

マンガ単行本的「オトナになっちまった」弊害

感覚が長すぎて(2011/06/07)のおかわり。

大学の先輩、アッキーさんがありがたいコメントを入れてくれて
なんとなくおもっちったこと、なんである。

これに似たようなこと、書いたことがあるような気もするし、ないような気もする。
んだが、
重複をおそれず、以下!


いちお、復習。
鉄人みずから、おのれの記述をもいちど引っぱりだす。
さて『とめはねっ!』。
いま隔週連載らしいんだけど、7巻が出たのが半年前。
単行本の発売間隔が長すぎて、
最新刊が出たころにはそれまでの話を忘れちゃう。

アッキーさんのコメント。
今連載中?(なんか完結したっていうのが、記事になってたような。)のスティールボールランのまきを読むんだが、これの単行本が3,4ヶ月に1冊の発行でなかなか読み終わらん。途中でどこまで読んだか、読み直してもどこまで読んでたか思いだせん。
全く、やんなっちゃう。



たとえば『キャプテン翼』。

いまでも
「13巻から中学校編ね」
などと覚えている。


うわあ、当時の単行本の画像がamazonにちゃんとあるゾ!

かたや『キャプテン翼 ROAD TO 2002』。
(同なじキャプ翼だからいちおうね)
サッカーボールみたいな髪型をした沢田タケシって何巻で出てきたっけ?
まったく思い出せない。。。



この差はどうしてか?
もちろん、作品のクオリティーはさておきますよ~。
などというよぶんな茶々はいいとして、

おれは、これこそが子どもとオトナの差だとおもう。
表題で弊害とゆったものの、ちと違う。差、なんである。

※『キャプテン翼』13巻発売が1985年、おれ11歳の小5。
 『ROAD TO 2002』をやってたのが2000年代前半、おれ30歳前後。

差って、かんたんにいうと2つあって、
1つは時間的なよゆう、
もう1つは経済的なよゆうの差。



小学生のころ、おれの1ヶ月の小遣いは
「学年×100」だった。
3年生なら300円、4年生なら400円、というぐあいに。

かたや週刊少年マンガ誌連載の単行本が出るペースって
3、4ヶ月に1冊だったとおもう。

当時は1冊360円だったかな。
だからだいたい、単行本の新刊を買うと1ヶ月の小遣いがほぼすっとぶ。
逆に「キャプテン翼の新刊が○月に出るから
今月の小遣いはそれにつぎこまなければ」
などという皮算用をたてていた。

たぶん、おれの小遣い額とか消費サイクルって、
当時の小学生の平均的なとこだろう。

あとは駄菓子屋でうまい棒とけんちゃんラーメンを食って、
ゲーセンでギャラガをやればすってんてん、
みたいな。



小遣いのなかで、それだけの高い割合の消費をして手に入れた単行本。
そりゃあ、大事に何度も何度もくり返し読むですよ。

次の新刊が出るまでの3、4ヶ月、
続きを楽しみながら飽きもせず。
ちょっと飽きたら、既巻を反すうしつつ。

ガッコのベンキョーではとうていやらないような、
復習のオニ。。。

だから「13巻から中学校編」みたいなことは、
いまでも忘れない、強烈な記憶としてすりこまれてる。



対して。
オトナになると、それよりちょっとはカネはある。
かつ、時間はない。

単行本1冊の価値は、小学校時代にくらべて
相対的に低くならざるをえない。
小学生時代よりちょっとは忙しいから、
3、4ヶ月もの間、何度も読み返すなんてことはしない。

だから、新刊がでるころには
「このマンガ、おもしろかったよなあ」
という記憶だけが残ってて、ストーリーは覚えてない。

けっか、上のおれとかアッキーさんのコメントみたいな話になっちゃう。
んであろう。

あまつさえ、完結してから一気にその作品を「オトナ買い」して
いきおいで数日で読んじゃったりすることもある。

これはやっぱ
オトナになっちまった弊害
なのかもしれん。



表題に「弊害」と掲げて、途中で「差」といいなおしたものの、
やっぱ「弊害」でいいんじゃね、というカザミドリっぷり。
目をつぶろう。

そーゆー、オトナの情報の消費しっぷり(?)は
たぶん弊害にほかならないんである。

ほかならなくはないかもしれんが、
確からしく弊害である可能性も否定しきれない、んである。

というオトナ的なリスクヘッジの弊害。
言葉アソビに過ぎる。。。