キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

あんたが落ち込んだって

が、百人一首でいう上の句だとしたら
「オレらはなんにも楽しくなんねっすよ」
が下の句。

春すぎて~、は持統天皇ですね、はさておき。
夜半、事務所でムチャブリ的な見積もりを、
それこそせっせと立てていると
夕方、ホワイトボードにNRって書いて出ていったはずのボスからデンワ。to事務所の電話機。

「あ、キクチくん。まだいたのね。ボクは品川で仕事が終わったんだけど、ビールがさあ。。。」
5秒おいて、
「とりあえず四ツ谷に行こうか?」という、業務連絡。

(バックグラウンドとして、
1.火曜におこなわれた我が社の「最高経営会議?」にて
つっこまれたボスの最重要課題が品川にあり~、
2.ウチの事務所が四ツ谷だか麹町だか永田町にあるので、
四ツ谷というのはボスの誠意なんであり~。の連用形止め)

短いつき合いでもないので、ボスの誠意はあえて封印。
小金井に住んでいるボスと、
小田急沿いに住んでいるオレとの帰路途中である
新宿南口の立ち飲み屋で落ち合うことにした。

ボスは、つっこまれた課題をクリアしてはればれ。
おもむろにボスは、先日還暦をむかえた彼が30代半ばのころ、
20代のナマイキなライター(ボス談)に言われたという
表題の上の句と下の句を披露。

オレはなんだかその言葉が、ミョーに肚(はら)に落ちてしまった。

「あのね、○○県のビジネスホテルに泊まったときね、
『きょうはなんだか疲れたな~』とおもって寝て
夜中にふと目を覚ましたら、
窓を閉めているはずなのに、
サ~ッとカーテンがゆれて冷たい風が吹いてね、
足元で、キレイな女の人がこっち向いて笑ってんですよ~。
『あれあれ~、ドアはオートロックだし、なんでこんなとこにいるのかなあ』
『ミョーにヘンだな~』とおもって」

という、稲川淳二的な「ミョー」。
たとえが長い。
しかも稲川淳二を出したかっただけのノリツッコミ。
さておき。

「こわいな、こわいな、ヤだな~とおもって」
の稲川重ねボケも、さておき。

オレはなんだかミョーに、肚に落ちてしまったんである。

がんらいオレは、そんなにやたらと感情を表に出すタイプではないし、
ある種、出すことにとまどい、けっきょくは抑制しちゃうタイプなんである。

ただ、極力抑制しているゆえか、
いきなり暴発することもある。
その暴発を事務所のマリア様みたいな女史に、
おもむろにグチたれることもある。

マリア様みたいといっても、
じっさいにマリア様を目撃したことがないんだケド。
ゆえに、女史がほんとうにマリア様みたいかどうかは
きわめてテキトーなのは、この際どーでもよい。

ついでにこの際、百歩ゆずって女史がマリア様だとしても、
マリア様にとって、オレのクライアントとのやりとりによる暴発は、
まったくカンケイない。

つまり、マリア女史にとって、オレのグチは冒頭の下の句
でしかないんである。

女史、あるいはマリアにとっては、とんだとばっちりなんである。
オレとて、みつをが言うところの人間だものだから、
明日とかも、とばっちるかもしれんが、正論はそうなんである。

つうことを意識するか、しないかがもんだいなんである。

。。。

ウチの祖父は晩年、我慢強い人であった。
村田兆治は「明治生まれの昭和男」とゆわれたが、
祖父はじっさい明治生まれだったので、
祖父をとおしてサンデー兆治の我慢強さ、頑固さはよおくわかった。

若いころの極貧苦労話をエサに、
祖母からことあるごとにこきおろされようと、
祖父は宮沢賢治の雨ニモ負ケズよろしく、
いつもニコニコ笑って、黙って聞いていた。

そして、祖父のことを最初は白痴よろしく
祖母といっしょになって心のなかでこきおろしていたまわりの人も、
みんな最後は、祖父の寛大さをちゃーんと理解していた。

オレもそれを見ながら「じいちゃんみたいに寛大になりたい」
とおもいながらも、
なかなかそれはできなかった。

フォローするわけではないが、
祖母はけして鬼妻ではない。
オレにとっても、ものすごいやさしいおばあちゃんであった。
その話はまたいずれ、近いうちに。
さておき。
きょうはさておきがいつにも増して、多い。

オレがなかなか寛大になりきれなかったのは
かっこうだけ寛大にしても、
自分のなかではガマンしてるストレスがたまるばっかりであるし、
はたしてその「寛大さ」をまわりがわかってるかどうか、
わからないからだ。

ノータリンゆえ、オレの寛大さをまわりに認めてもらいたい。
もしわかったら、すぐ「わかったサイン」がほしい。
ただ実際、一朝一夕に「わかったサイン」が出るわけではない。
という。

つまり目先の損得を考えたんである。
目先の損は恒久的に損である、
あるいは得になるまで待つのはかったるい、待てんとおもったんである。

そんなこんなでいつしかオレは、
出るかわからない「わかったサイン」より、
ムカついた気持ちをストレートに出すほうが得策だと
おもうようになっていた。

そして、こんにちに至る。
そしてこんにち、この言葉なんである。

できるかどうかは、まだ努力目標の段階だが、
まわりにいる人が楽しくなるかつまんなくなるか
どっちがいいかというと
楽しくなったほうが、だんぜんいいに決まっている。

少なくともオレの些細な感情の起伏が原因で、
まわりの人が楽しくなくなっちゃう筋合いは
どこにもない。

なんだか、意味もなく長くなったのは、
その興奮さめやらず、
帰宅してから飲み直してしまったせいにしておく。