キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

オトシドコロ

抜き差しならない強制力がなければ
キホン、なーんにもやらない。

家のこととか仕事のことで
「やんなくても別にいいケド、やっといたほうがよさげ」
なんてほぼ、やらない。

ジョグとて、例外ではない。
というハナシ。


ふだんのジョグは、土日をポイントにしてる。
走り終わったらフロ入って酒飲んで寝ても
たいがいの支障は出ないし。



ところで。
スケジュールとかプランってだいたい
モチベーションが高いとき、気合いが充実してるときに立てるもん。

でも、
中長期のトレーニングプランに
くさびを打ち込むのは
モチベーションがダダ下がりなとき
だったりする。

あとから俯瞰すると
「何でここで急にやる気なくしてんだろー?」
「今度はこの“谷”をなくすぜ」
とおもう。じゃん。



とくにモチベーションがダダ下がり
ではなくても、

暑すぎる/寒すぎる/風がつおい/雨が降ってる/ちょっとカラダが重い/「そういえば昨日飲み過ぎちゃったしなあ」/走ろうとしてから実際に走りだすまでに一瞬のスキができる/出ようとしたら小銭、ランニングウォッチ、家のカギ、スマホのどれか1つあるいは全部が見つからない/愛用のソックスが洗濯中/

とかのきっかけで
ジツにカンタンに「きょうは、まいっか」
ってなる。

「きょうは休んでいい」理由を探すとき
なんであんなに鋭く、アタマ回転すんだろう?

アレ、うまく活用すりゃ、
どっかの村ひとつの電力ぐらいならよゆうでまかなえそうだ。



ともあれ、
じゃあ、どこまでめげていいか。
というのがこのエントリーの主題。

ケガとかしてたら別ね。いちおう。



今年の夏シーズン、土日まわりは
○土曜=インターバル
○日曜=10km前後のペース走
○月曜=リカバリーとしてのLSD

なんつう夢の詰めこみかたをしようともくろんでる。

モチ、
ノッてるときに。
「やったるぜ!」と。



そのなかで今月は
カラダのリカバリーと、夏にめいっぱい追い込めるよう、準備に徹する。
と決めた。

で、先週の土曜、
準備の手はじめとして
1000mのインターバルをやってみた。

去年「キロ4分、つなぎ2分」の
6分1セットで7本挑んでたので、それ試しにやってみた。

あくまで「準備の手はじめ」。
「今年はどんくらいの疾走ペース&レストが妥当か?」
を探る意味で。あくまで。



けっか、去年よりなんかラクショーでこなせる。
猛暑でもないし、休養もわりと十分。
体調はものすごくよかった。

なんか自信になった。
それはまあいい。



翌、日曜(きのう)。
当初のモクロミは12kmを走る日。

でも、想像以上に前日のダメージが残ってる。

とうとう来たか。これが噂の
「四十ニシテ而不レ惑ハ」
「シジュウニシテジフレマドハ」
ってヤツか。。。

いや、トシ、関係なくね。
ニジュウでもサンジュウでも
ジフレマドハしつづけてきたんだから。

わずかなほころびから
「きょうはサボッちまえ、Yeahhhhh」
の軍勢がゴワッと攻め入ってきて
見事なホドあっけなく、陥落する。



「きのうあんなに調子よかったのに
きょうこんなに気乗りしないのはカラダにムリがかかってる
という無言のシグナル。

それに従ったほうがよい」
コウ、アタマ、鋭ク、回転ス。

正論の場合もあるかもしれない。
が、あいにくおれの休養はたっぷりだ。
ウルセー。



シジュウのジフレマドハなおれは、一味違う。
1味とはいえないまでもたぶん
0.3味ぐらいは違う。はずだ。

なぜなら、オトシドコロ
しちゃったもん。



オトシドコロ。妥協点。
「寸止め」ってなんか男性男性だし
「下げ止まり」も、意味が違う。

そんなときにキョライした、オトシドコロ。

仕事とかでムリとムリがぶつかり合うと
道理なんかひっこまず、飛び出るもの。

おれはデキルヤツアピールしたがるひとが
好んで遣う、魔法の言葉。
オトシドコロ。

イマイマのホボホボな、オトシドコロ。
ナルホドデスネ。ヨロシクデス。

ウルセー。カーッ、ペッ。



ポイントって決めちまったケド
めげちゃう気マンマンな土日。

いいオトナはゼロかヒャクかなんて、ケツの青い選択はしない。
1kmでも2kmでも、ゆっくりでもいい。
とにかく、ゼロは避ける。

オトシドコロ。



3月とか4月とか
かすみがうらマラソンに向けて
なまじっかフタケタkmをふつうに走ってきた。

そうすっと
「ヒトケタkmなんてトレーニングになんねえ。意味ねえ」
みたいなマヒを起こす。

去年もおととしも、
アタマではオトシドコロしてたんだが
「意味ねえ」軍の怒とうの進撃に、陥落しつづけてきた。

けっきょく走るのやめちゃう。



トレーニングって、いちいちその意味を意識すると効果が違う。
という。
ホント、そうだとおもう。

ポイント、つなぎ、疲労抜き。
ただのジョグでも
「きょうは明日のポイントのためのつなぎ」
意識できてることは、すげえ大事だ。
さいあく、リクツなんか後付けでも、いい。

ただこういう
ものすごくやる気がないときの
「とりあえずチョットダケ」
も、ものすごく意味があるんじゃないか。

「チョットダケ」って
「ポイント!」「疲労抜き!」よか
名前はかっちょ悪いケド、それはそれでいいんじゃないか
とおもった。

おもいました、とさ。



昨日はとりあえず走り出して
走ってるうちに
12km→10km→7kmってどんどん
オトシドコロがオチテって
けっきょく5kmでやめちゃったんだケド。

「それでも走ったおれ、えれえ」
と自画自賛。

残るのは、きょくたんに美化された記憶
「おれ、えれえ」だけ。

ま、そんなんでも
次につながりさえすりゃいんじゃねの、っていう。