塩漬け解凍のつづき。
夏の甲子園イッチョカミをつづける。
甲子園・高校野球がらみでいちばんビクッとなるのは「事実上の決勝戦」って物言いだ。
「事実上の」って言葉につかうからには、
「事実の」決勝戦を前に実現してしまったっていううっかり感および。
「シン・」感がすげえある。
キクチが知るかぎり。
1985年夏準々決勝、KKのPLvs剛腕中山擁する高知商戦。
2012年春1回戦、藤浪擁する大阪桐蔭vs大谷翔平擁する花巻東戦。
が思い浮かぶ。
なお。
1982年夏の準々決勝、早実vs池田は。
後年、俯瞰すれば歴史の転換点な大一番なんだけど。
池田高校の「やまびこ打線」が炸裂しすぎて一方的なフルボッコになっちゃった。
から、事実上の決勝戦とはニュアンスがちと違う。
翌1983年夏の準決勝、池田vsPLも。
後年、俯瞰すれば歴史の転換点な大一番なんだけど。
下馬評的に「事実上の決勝戦」ではなかった。
夏春夏3連覇に邁進する水野擁する池田の山びこ打線と、エースと4番が1年生なPL。第正義・池田高校にとって通過点でしかなかったはずぐらいの差があったから。
5-0とか7-0で、山びこ打線が沈黙したままどんどんどんどん試合が経過してって。
「えっ!? 池田高校負けちゃうよ?」
「でも、ひとたび火がついたらすぐ追いつきそうだな」
って感じで見ておった。当時は。
*
そんななか。
キクチが事実上の決勝戦オブ事実上の決勝戦だとおもうのは。
1983年夏準々決勝、池田vs中京。
奇しくも上記、池田vsPLの前の試合。
池田水野と中京野中という、当代きっての剛腕同士の投げ合い。
史上初の夏春夏3連覇を目指す池田高校にとって、最大の難所。
けっきょく池田高校が中京高校を制したとき。
「あ、これで池田の3連覇は決まりだな」誰もがおもった試合。
大正義中の大正義。
*
で、ですね。
前エントリーでもほざいたとおり。
池田高校の全盛期って、あらゆるメディアですでに「擦られ」まくってるなか。
42年も前のことなのに、いまだに毎年メディアに取り上げられてるなか。
一方の中京高校には、さほどフォーカスされてなくて。
「池田高校はどうしてPLに負けたのか?」
「PLの桑田清原伝説ここに始まれり!」
みたいなことばっかりななか。
中京の大エースの野中と、同級生でのちカープのエースになった紀藤が当時を語る。
という、夢のような番組が配信されたんっすよ!
(きょう現在第13まである。コレは第1話↓)
たぶん10年とか20年前だったら。
お互いに思うところがあってまだ実現しなかった。
のが、還暦を超えたいまだからこそ実現したんだろう。
しかし、いまの野中が知的で穏やかですげえかっこいいな。
紀藤にはいまだに尖の名残りがあって、それがまたいい味を出してんだけど。
逆に、野中はどんだけのことをくぐり抜けてここまできたんだろうってのが想像できたりもする。
*
で。
ちょっと個人的な感想に寄りすぎちゃうかもだが。
じぶんにとって「中京の野中」ってスペシャルな響きがあるのね。
超絶ラスボス登場感にいまでもたまらなくwktkする。
そんくらいの超絶逸材が挑んでも崩せなかった池田高校の壁。
逆にいえば、最強の敵を真っ向勝負で制した王者・池田高校。
って、「事実上の決勝戦」以外のなにものでもないじゃん?
だし。
それを経た池田高校水野、PLにボッコボコに打たれてんじゃねーよw
も含め。
1983年、昭和58年の夏。
最強だったのは間違いなく池田高校だが。
野中、紀藤に加えて。
3番手に、のち橋戸賞(社会人野球の最優秀投手)の森昌彦までいた中京高校ってヒール?として至高なんだよな。