キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

瞑想をしてみてえ!

痛風シリーズの外伝みたいなやつの1つ目(2つ目以降があるのかはわからん)。

 

「風が吹かなくても痛え!」ぐらいのときを脱して。

まだやっとこ歩いてる感じだけど日常生活は送れるようになってきたころ。

 

とはいえ、できることも行動範囲もかぎられてるから。

要するに、膨大に時間を持て余してて。

「(動かなくてもできる)瞑想でもしてみっか」とおもった。

 

 

瞑想。

前々からごくうっすらと興味があったものの。

やり方も、なんなら効果もわからねえ。

 

テレビでむかしよくみた坐禅みたいなもの?

とにかく目をつぶっておとなしくしてるうちに、心が安らいだり悟りが開けっちゃったりする? ぐらいのイメージ。

 

検索すると。

目をつぶるか、半開きにするか、1〜1.5m先をぼんやりと見てるか、とかとか方法論はいくつかあって「ん?」ってなったけど。

 

「呼吸に集中して何も考えない」?

「何も考えないように呼吸に集中する」?

どっちがタマゴでニワトリだかもあやふやながら。

 

要するに頭をからっぽにするってことは共通してて。

でいて、ついつい何か考えごとが浮かんでしまったとき。

それを自覚して「ああ、何か考えてるのをやめよう」ってまた呼吸にだけ集中しようとしてみる。

ってとこも共通してて。

 

これはよさそうできそうってんでやってみた。

そんで、何となくよさげなのでおのずと朝、起き抜けにつづけておる。

 

「落ちつける」って言ったらいいのか、「リセットできる」って言ったらいいのか、適当な言葉が見つからないけど、まあそんなん感じ。

雑かよ!

 

(なので、もしやってみようってひとがおったなら、やり方はいくらでも載ってるので、てめえでしっくりするやつでやってくれい)

(って、誰に言ってんだぜ!?)

 

 

そもそもなんで瞑想かっていうと。

いまのキクチには特に「能動的な動作」が不足してるなっておもったからで。

(いや、それはいわゆる「積極的な行動」とか「前に出ろ精神」みたいなこととは違った意味で)

 

いわゆる何にもしていないときでも、あたしたちぼくたちは何かしら考えておって。

あまつさえ、きょうびスマホなんてものがあるから。

何もしていない=スマホをいじってる、だったりして。

 

けっきょく、ネットなりSNSなり動画なりを眺めてる。

 

(ああ、またクソ小理屈みたいになっちゃってやなんだけど。)

(てめえの脳内を整然とさせるために順序立てて冗長にほざくと。)

 

ネットなりSNSなり動画なり、おうちだとテレビなりをみてるってのは。

しょせん受動的な行動。

その場では楽しげだけど、思い返すと何も残るものはない。

エンプティカロリーでしかないのよね。

 

 

よしんばそれが「フランス語講座」で、意欲まんまんで臨んだものであったとしても。

やっぱしょせん、なにがしか受け身な態勢であることには変わりなくて。

 

能動的に何かを考える、てめえの肚に落とし込むって意味では。

「こんなクソくだらねえ、それこそエンプティカロリーでしかないブログを書く」のほうがよっぽど意味があるなって気づいたわけ。

 

たとえば、「フランス語を学ぶ」であれば。

(あくまで学習効果はここでは別にして、だよ)

講座を聴き流すのではなく、「あるいてて目に入った風景やおもったことをフランス語で言ってみよう!」ってほうが、だんぜん能動的に脳を動かせてるな、とか。

極端に言うとな。

 

。。。あ、話が見えなくなりかけてるな。

 

つまり瞑想の、「あえてなーんにも考えないようにする」っていう能動的な動作(日本語ぇ)がすげえいいなとおもって。

やってみたらいろいろ心地よかったから、上記したようにその後も細々とつづけてるっていうわけ。

 

(やろうとおもえばいつでもどこでもできそうなのもいい!)

 

 

。。。

 

 

っていう、例によって何の示唆も盛り上がりもねえエントリーだが。

やってみて気づいたことは2つあって。

 

1つは。

「コレ、むかし、カナセンセイのヨガにイッチョカミさしていただいたとき、最後にやってたやつとおんなじじゃん!」。

 

柔軟性も筋力もないキクチにとっては、ヨガってただただキツい時間でしかなかったんだけど(言い方!)、たしかにかに、あの最後の電気をぜんぶ消して5分ぐらい仰向けに寝っ転がってるだけのやつは、とっても気持ちかった。

(そういえばそんとき「じぶんの呼吸にだけ気持ちを向けて、何も考えないように」みたいなことおっさってたっけな?)

まっこと、ありがたい体験をさしてもらった。

 

もう1つは。

「これって、ジョギングの最中でもできんじゃね?」

 

ジョギングって単調な動きで。

でいてというか、だからこそ走ってるときってついつい考えごとをしちゃったり。

逆に、ごちゃごちゃ考えごとをしてるなかで頭の整理がついたり、ぽーんと啓示みたくナイスアイデアが浮かんじゃう。

ってことも往々にしてあるもんだけど。

 

とちゅうどっかで100mか200mぐらい。

「次の(電柱/信号/おっさんとすれ違う)まで何も考えないようにしてみる」

ってのはアリかも。やってみよう。

とおもった。

 

 

ジョギングすると、なぜか頭がすっきりすんじゃん?

いまふうに言うと「整う」?

そこに瞑想を挿しはさんだら、もっと頭がすっきりすんじゃね? って。

 

そういう、ね。

「頭を空っぽにして何も考えないを旨とする瞑想に、『もっと頭がすっきりすんじゃね?』っていう邪念ぶりぶりで臨んでみる」とかいう超絶パラドックス含め。