キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

時代の流れ、みたいなこと

こないだの土曜、学生時代のひとたちと飲んだってだけの話。

いつも武蔵小杉で飲んでるひとたちと、ちょっとひさしぶりのウタゲ(っつっても半年ぶりぐらいなんだけど)。

 

 

そのひさしぶりってのは、メインキャラのジョーダマチャンネーパイセン。

のお子さんが受験だってんで、半年空いたわけなんだが。

晴れて受験も終わり、じゃってんで飲みましょうかってなった運び。

 

なお、この日は8人(うち2人は夫婦)というメンバーのうち。

3人(のお子さん)が新大学生っていう受験ラッシュアワーで。

みなさんなんだか優秀だし、おめでとうございますよかったですなあと、全体的にハッピーな回。

 

そこで、そのジョーダマパイセンが噴く。

「しかしさあ、母校の凋落っぷりがすげくね?」

 

 

それはキクチも折に触れて、っていうか。

数年前、ムスメっこが受験のときに見て知って「うわあ。。。」っていう声も出ないような感じになったのを覚えてて。

 

でいて、もう卒業して30年ぐらい経ってるから現在の母校なんてある意味、他人事でもあるし、「おれらのころは」とか言うのも決定的にちょっと違うじゃないすか?

あまつさえ。

この日はいなかったけど仲間うちに、母校愛ゆえか、じぶんが過ごしたときのフィーリング?思い出?がよいものだったからか、実際にお子さんを母校の付属の中学とか高校に入れたんだってうれしそうに話してたひともいたから、そこに水を刺すような無粋をするわけにゃいかないし。

 

ってんで、いままで黙ってたんだが。

「でしょ!でしょ!!!」と。

 

 

あ、母校はぜんぜん優秀な学校ではないんだけど。

なんつうか、じぶんの母校だから言い方がむつかしいんだけど。

こういう言い方が適当かは疑問だけど。

おなまえだけはわりと有名だし、じぶんが入って出たころは少なくとも最低限の誇り?(ってのもちょっとちげえんだが、やっぱ言い方がむつかしいな)は持てるような位置付け?(ってのもちょっとちげえな。。。)だったような気がすんだけど。

 

(だけどだけど祭りぇ。。。)

 

いまはだいぶん、様子が変わっちゃったという。

 

 

あ、雲をつかむような話だから、キクチがそれを知ったときのことを具体的にほざくと。

 

雑誌の企画で毎年のようにあるじゃないすか。

「A大の経済学部とB大の経済学部を両方受かったひとはどっちを選んだか」的なやつ。

「30人いたら、15人と15人でしたー」的なやつ。

 

ムスメっこが受験を考えはじめるころ。

興味本位でたまたま母校のを見つけて見てみたらば。

 

「ここは優秀だからあっちを選ぶだろうけど」ぐらいのとこは。

じぶんのとき3:7ぐらいだったのがいま0:10で。

「まあ、五分五分かな」だったとこもいま0:10で。

8:2ぐらいだったとこがいま3:7で。

10:0ぐらいだったとこがいま五分五分、という。

 

。。。

 

いや、上記したようにもう30年も経ってるし、いまはしょせん他人事だからどうでもいいっちゃいいんだとはいえ、それが時代の流れなのかあってちょっとはさびしくおもったわけね。

 

まさに、くやしいとかじゃなくさびしい。

 

 

で、これも上記したように。

それをいちいちヒトサマにほざいてもどうなるもんじゃないし、それによってじぶんが変わるわけでもありようがないから黙ってたし。

 

あと、ちょっとだけ。

ひょっとしたら、ひいきの引き倒しだったのかな? とか。

あくまで主観でそう考えてただけで実はむかしからそうだったのかも? ってのもあって黙ってたんだけど。

キクチは(世間一般的にはまったく標準的ながら)同級生や近接する先輩後輩とくらべると結婚&出産が早めだったから黙ってたんだけど。

 

今年、お子さんが受験を終えた学生時代のひとたちが押しなべて、そんなんようなことを言ってて。

「母校はよしんば、併願・滑り止めの候補にすら入れなかった」ってのを聞いて。

 

「でしょ!でしょ!!!!」ってなるとともに。

 

パイセンも後輩さんも、そこにはさびしさを感じたようで。

やっぱりそれはくやしいとかじゃけしてなく、単純にさびしいことだよねてんで場が丸まったw

 

時代の流れに取り残されて。

オワコンっつったら、在校生なりに失礼なのかもだけど。

まあそんな感じ。

 

 

。。。

 

 

なんつうのかな?

やっぱ、言い方がすげえむつかしいな。

 

もっともらしいことを、それらしくほざくと。

価値観やものごとの価値は刻一刻と変化するもので。

移ろいゆくもので。

 

その流れを受容できなくなったとき。

ひとは「老害」と呼ばれるのかもしれない。

老害も辞さねえ、おれっちはそれでいいんだってポリシーなら別にいいけど。

にしてもすくなくとも「いまどうなってるか」は捉えておかなくちゃなと。

 

今回、それを客観的に?再確認できただけでもウタゲの意義はあったとおもう。

のち、楽しくなっちゃって記憶ロスト&重い二日酔いってことは措いても。

 

 

余談。

 

ジョーダマパイセンがおっさる。

「逆に、アタシなんかさあ」

「○○高校出身だって、恥ずかしくて言わなくなっちゃったよ!」

 

パイセンの出身高校は、もともととても優秀な学校だったんだが。

きょうび全国に名だたる的な進学校になっちゃってるとか。

ハードル爆上がり。

「せっかくいっしょに楽しく飲んでるのに、へんに構えられたらうかつに飲んだ勢いでこういうクダ巻けなくなるじゃん?」

 

って、パイセンあんたは。

「立ちションできなくなる」って理由で国民栄誉賞を辞退した福本豊かよwww