キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

今年のセンバツ決勝について、妄想だけで好き勝手ほざいてみる

2022年の選抜高校野球(春のセンバツ)は大阪桐蔭が圧倒的なスコアで制した。

大阪桐蔭vs近江高校、18-1。

 

自称・おか高校野球大好きっ子(昭和ぇ)だてらには、とりあえずイッチョカミしとく。

 

 

キクチはムスメっこが新高3ってこともあり。

かつてはスーパースターなお兄さんとして見上げてた高校球児を、もうすっかり我が子を見守るような視点で見るようになっちゃっており。(日本語がへたっぴいすぎる。。。)

実際、「みんなが自分の力を100出し切れるといいな」という想いで眺めるようになっちゃっておる。

 

なもんだから、このエントリーも。

どうしても大差で敗れた近江高校寄りになってしまうのである。

 

 

あ、ひとついいすか。

 

大阪桐蔭ってもう15年くらいずっと大正義じゃないすか。

よく「あれだけの素材を集めてるんだからつおくて当たり前だよね」みたいな物言いを目にするけど。

そういうことじゃないよね、根本的な部分でズレてるよね。

 

マラソンで好記録を叩き出したら厚底シューズ厚底シューズ言いたがるマンばりの。

 

 

何を言いたいかというと。

あえて超強豪の門を叩いた高校生たちのがんばりや意識の高さをこそ見るべきだし。

チームとしてまとめ上げてる西谷監督の手腕こそがすげえわけだし。

 

ぶっちゃけ、あくまで好みの問題として、いままで大阪桐蔭にあんま食指が動いてこなかったから詳しいことは知らないけど。

その育成法はどんなんなんだろう?って、ものすごく気になる。

 

青学駅伝部の原監督の話を訊くと、いちいち「さすがな手腕だなあ」ってなるじゃないすか。

たぶん大阪桐蔭の野球部にもそういうのが必ずあるはずだもん。

 

閑話休題。

 

 

。。。

 

 

当人たちがどう考えてるかは度外視して。

「こんなこと言っていいの?」おもわなくもないが、以下、垂れ流しとく。

 

完全に親目線になってるので。

まず、大きなお世話で勝手に「近江高校ナイン、大丈夫?」と。

 

甲子園で準優勝というすばらしい結果をあげたのに。

決勝戦で1-18なんて完膚なきまでにやられちゃうと。

「なまじっか決勝まで行かなかったほうがよかったんでは?」どうしてもおもってしまうの。

 

 

そもそも、センバツから漏れたのに。

大会2日前に京都国際高校の集団コロナ感染が発覚しての、急遽すぎる出場だぜ。

急遽すぎて宿が取れないから、少なくとも1回戦は滋賀からマイクロバスの日帰り強行だぜ。

 

むろん、大会に向けた調整・ピーキングなんかしてるわけないし。

何なら、開会式の入場行進、静止画だったからな。

 

(今年の開会式は、1日目に試合がある6校だけが出席して)

(他の出場校は、学校のグラウンドで入場行進してるVTRがバックスクリーンのオーロラビジョン?で流すという仕様)

(でも近江高校は急遽すぎるから、その動画すら録る時間がなく、集合写真の静止画が流れた)

 

そこから決勝まで勝ち残った。

すげくね?

 

 

近江高校は、あまつさえ。

エースで4番の山田クンが大黒柱というチーム。

今大会は準決勝まですべて完投。

 

今回、なんで近江高校が補欠だったかというと。

去年の夏、すでに大黒柱だった山田クンが活躍して甲子園でベスト4まで勝ち残り。

さすがに疲労が蓄積したんだかどこか傷めたんだかで。

このセンバツの重要資料となる秋季地区大会は登板できなかった。

ということもあったからで。

 

 

前日の準決勝では5回に。

その山田クンが投球の際の軸足となる右足のくるぶしにデッドボールを喰らい、もんどり打って倒れた。

 

それでも試合に出続けて延長11回を完投。

ずっとあからさまに足をひきずってて痛々しかったけど。

「145km/h投げられるってことは少なくとも骨はやってないんだよね、よかった」だったし。

 

天気予報では翌日、大阪は雨だったから。

1日休養できれば何とかなるかもってのも込みで。

 

しかしして、翌日ぜんぜん雨降ってねえし!

 

 

かたや、大阪桐蔭は。

秋の明治神宮大会(各地区の秋季大会優勝校が集ってトーナメントする)でも優勝してる、もともとぶっちぎりの優勝候補。

 

もとから選手層は厚いし。

打線も準々決勝、準決勝と2ケタ得点と絶好調。

エースの前田クンは今大会自責点0なうえに。

前日の準決勝は登板せずに済んで休められた。

 

さらに、2回戦で戦うはずだった広島商業が試合の前日、コロナの集団感染?陽性?が発覚して辞退したため不戦勝で1試合少ない(体力の消耗が少ない)。

 

という、万全すぎる状態で決勝に臨んだわけで。

 

 

実際の戦力?にどんだけ差があるのかわかんないが。

そういういろいろな状況が折り重なって、ああいう結果となった。

 

 

上記も含めて、妄想だけで好き勝手にほざいてみる。

 

「(たしかにセンバツ準優勝というのはすばらしい結果だが、)決勝戦であすこまで完膚なきまでに叩きのめされて、はたしてあれは近江ナインにとってよかったのだろうか?」

 

「いままで努力に努力をつないできた積み重ねが、この一戦によってすべて失われやしなかっただろうか?(もしそうであったら悲しすぎる)」

 

「(きょうの決勝戦にかぎっていえば)大阪桐蔭とのあまりの力量さに絶望してやしないだろうか?」

 

加えて、こんなことは考えてもしようがないとは重々承知しているものの。

 

「準決勝で山田クンがデッドボールを喰らったあと、すぐ代えてあげたら」

「それでもし結果的に浦学に敗れたとしても、決勝戦であんな想いはせずに済んだのかもしれない」

 

もっと言うと。

「京都国際がふつうにセンバツに出れてれば、近江高校は出れなくて残念だったが」

「『甲子園出れた』ことは記念すべき、ホマレなことだが」

「それとのトレードオフは総トータル的に成り立ったんだろうか?」

とかね。

 

なにより、近江高校ナインが

「いままでどおり、野球を好きでいてくれるだろうか?」

ということが、気になって気になってしようがない。

 

 

(広義の)才能・能力ってもんはときに残酷で。

それによって人生設計を大幅に狂わされるということもあるかもしれない。

近江高校のナインは、大阪桐蔭との圧倒的な差に多かれ少なかれ「ああああ。。。」ってなったであろう。

 

でもやっぱり野球は好きでいてほしいし、野球って楽しいなって思い続けてほしいし。

「きょう大阪桐蔭に負けただけ」っておもってもらいたいっす。

 

 

おっと、想いが走りすぎてクソ長くなっちゃたし。

肝心の締めをどうしたらわからないっていうねw

ってとこを、むりやり締めようとしてみると。

 

スポーツでよくいわれる、大すきな言葉がある。

「強い者が勝つのではなく、勝った者が強いのだ」

 

ただね、敗れし者だってじゅうぶん強いわけですわよ。

長年、高校野球を凝視してきたけど、今春の近江高校の戦いっぷりはあたしゃ一生忘れないわよ。