キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

ひさびさに「レース」ってもんに出てみた。ののおもったこと

WMMに匹敵しようかという超絶ビッグレース。

狛江多摩川ロードレース。

去年は中止になったけど2年ぶりに出てみた。

 

「レース」的なものに出るのはおととしの神奈川マラソン(ハーフ)以来かな。

あ、去年春?夏?、横浜港でリレーマラソンもあったかな。

 

 

いずれにしろ、ひさしぶり。

 

前日の夜から雷管が鳴るまでつづくピリピリ感と

わけのわからないアドレナリン。

忘れてた感触がよみがえった。

その感触はいやではない。

 

あ、結果はこんな感じ。5k。

怒とうの21分カット!www

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クソ遅いケド。

20分57秒という結果はいまのじぶんにしては出来杉の出来杉。

 

昨日。「明日完走できなくね?」

ってんであわててムチ打って河川敷を2022初走り(!)してみたらば。

「キロ6で7kクソつれえな」って感じだったし。

 

その走った体感からきょうの目標っていうか、だいたいのペースを決めようとおもったんだけど。

「そもそも明日(きょう)、完走できんのか?」

「キロ5(5k25分)でいけたらすげえな」

「アドレナリン効果で23分ぐらいで走れたら、おれ神!」

「よしんばサブフォーペース(28分20)ぐらいででも完走できさえすれば。まわりにご迷惑さえかけなければ」

ものすごくショージキにそんなん感じだったので。

 

 

「松23分、竹25分(以下うんぬん)デス!」

みたいなことをきのう、うかつにSNSとかブログでほざかなくってよかった。

三味線弾きみたいなことにならなくてよかった。

マルコリーニに給湯室に呼び出しくらうとこだった。

あぶないあぶない。

 

しかしアドレナリンって、すげえな。

 

 

いちおう、経過をさらしとく。

 

1k4'02"

アドレナリンの権化。だけど、これは必ずつぶれるからゆるめようとおもう。

2k4'12"

だいぶゆるめたつもりだったが、すでにもうすげえつれえ。

3k4'24"

完走が目標なのでさらにゆるめる。この感じだとキロ10秒ずつ落ちてくのかな。それが「妥当な着地&おれがんばったじゃんな着地」なのかなとか、酸欠な頭で考えてる。

4k4'06"

3kで折り返して下流に向かったら追い風でペースが上がった。体感のキツさはいっしょ。

ただ、むかしの遠い記憶から「5k(5000m)は4kめをがんばらないと話にならない」みたいなことは覚えてて少し踏ん張ってみようとした。

レベルはどうあれ、一所懸命走らないとレースの意味ないもの。

5k4'07"

前も後ろもどかんと離れてたので、だらっとゴール。

4k地点でがんばれば21分は切れそうだったので、ちょっとよすがにした。

 

 

。。。

 

 

きょうのこの結果は大満足というか、じぶんでもビックリでもある。

 

ぜんぜん走ってねえ & 完走できたらめっけもんだったのに。

「アドレナリン効果で23分ぐらいで走れたら、おれ神!」

を大幅に上まわったわけだし。

 

前日だけじゃなくて、せめて正月からジョグだけでも継続してりゃもう少し走れたんじゃねーの?とは少しおもったものの。

 

 

。。。

 

 

何を言いたいかというと。

 

きょう走り終わった直後。

「日頃からちゃんと走ってりゃおれ、まだいけんじゃね?」だの

「これからがんばって巻き返すぞ!」だのは

おもってはならない、みたいなことをあらためて肝に銘じた。

 

 

その思考の過程とか想いをほざきだすと

クソ長くなっちゃうのでかいつまむと。

 

2017年にいろんなトラブルが起きて。

それからずーーーーっと、「じぶん」と「走ること」との付き合い方を模索していた。

 

 

。。。

 

 

じぶんはもう、じぶんが思い描いてるように走ることはできない。

そこで、一念発起してマラソンの自己ベストをもう一度更新するぜとか、「あの人ががんばってるからおれもがんばる」に持ってくのはフィジカルというよりメンタルがしんどすぎて。

 

ブログとかSNSで走ることに関して「がんばります」「きょうこんくらい走りました」的なのは、申し訳ないけどかたっぱしからミュートしたりして見ないようにしてる。

 

それはたぶんに、ジェラシー?

から発してることも自覚してる。

 

 

言い方が決定的に間違ってるんだろうが。

「有名なランナーならともかく」

「市民ランナーの無名なおっちゃんやおばちゃんが何キロ走ったとかどんなペースで走ったとか、じぶんにとって関係なくね?クソどうでもよくね?」

などとね。

 

てめえが十分に無名くそじいいなくせしてな。

走ることをがんばりつづけてるひとたちは、いまのキクチにとってまぶしすぎるのだ。

 

 

いっぽうで。

「走ること」をリリースしきれないじぶんもずっといる。

 

ガキのころから、じぶんが速く走れることにはわりと自信があったし。

オトナになってからふたたび走り始めて。

「それなりに走れんじゃん!」

的な自負もプライドもあった。

 

5年前にそれが崩れはじめてから。

「もう全面的に走るのやめる」

は、100回も200回も考えた。

 

でも、完全には離れられないでいまに至る。

 

 

「そういう現状のじぶん」と

どううまく折り合いが付けられるか。

 

「生涯スポーツ」的な観点では、

あんだけ得意で大すきだった「走る」を、

どんだけ一生モンとしていけるか。

 

ここ5年でものすごく大嫌いになってしまった

「走ること」とどうやって気持ちの距離感を修復して、余生をうまく付き合ってこうか。

 

 

のの回答が、きょうはっきり出た。

 

まあ上記とかぶるんだけど、

「キクチはどうやったらこれ以上ランニングを嫌いにならないでいられるんだろう?」

「でいて、やっぱ走ろうかなとかたまにはおもえるぐらいの気楽さ」

との交叉点。

 

なんとなくおもってたことが、きょう。

ものすごくはっきりわかったので、

そんなん感じで、じぶんなりに「走ること」と向き合っていきたいなとおもった。

おもいましたとさ。

 

一生。