キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

「年寄りの昔話する自分がほんと嫌いっ」#3

某日曜。

「北の国から」一挙放送ってのを2週つづきでやってて。

ずーーっとみてたんだが。

みてて気づいたというかつくづくおもったことが2つ。

 

1)キクチ内で田中邦衛の喪失感が想像以上にデカくてビビりまくり。

2)きもちいことはたいがい、何の意味もない。

 

きょうほざこうとしてるのは2について。

 

 

(1についてもほざきたいことは山ほどあるケド)

(長くなるからね)

(なにしろ辺境クソブログ短文化計画、絶賛推進中だからね)

(あらためて長え認定されちったからね)

(そんなん超絶不本意だからねw)

 

(「長え」ってのは、アレだ)

(物理的な面もさることながら)

(体感的な面のほうがむしろ本質で)

 

 

(それはつまり)

(読み手に「長えと『感じさせてしまう』」ことこそが問題で)

 

(それだけ、いらねえ情報がてんこ盛りなのか)

(独りよがりすぎてうんざりさせちゃってるのか)

(文章がへたすぎるのか)

(「ジャネーの法則」的なことなのか)

(とりあえず、短文化計画推進中で)

(目標はウクレレおじさんぐらいのアレで)

 

 

(「読み手を意識する」でいえば)

(毎朝、3日分のうんこ時間を提供するぜ!な気概で)

(だってココ、読み手のことなんてじぶん以外どうでもいいんだもん)

 

(こういう無駄なことすっから、長くなるんだよね。。。)

 

(とにかく「長え認定」から脱却したくてどうしようもないw)

(くくられたくなくて、どうしようもないwww)

(ジャククリーヌ)

 

 

。。。

 

 

ついでにいらねえ情報をつらねると。

このエントリーは塩漬けしてたのをよみがえらせたから、北の国から一挙放送からじゃっかんのタイムラグがある。というからくりデアル。

 

 

「北の国から」が薄く浅く大すきで。

ひととおりぜんぶみたことはあるんだが。

 

今回、「北の国から」をみてたのは。

リアルタイムでみてたときのことを思い出す気持ちよさ、みたいなものも同時に楽しんでたって部分もたしかにあって。

 

たとえば、「98時代」をみながら。

ふと1998年のおのれを思い出して。

そのころすきだったチャンネーどうしてんのかなあ。

って沼をたゆたう、みたいな。

 

 

でもそれって、まったく不毛じゃないすか。

つかのま、甘酸っぱかったり有職故実的な気分になるケド。

きょう&あしたのじぶんにとって、もうクソどうでもいい。

 

言っちゃえばむしろ、思い出すだけ時間の無駄遣い、みたいな。

 

 

少なくとも、おのれのなかの田中邦衛ロスを必要以上に召喚すること自体、語弊を覚悟でいうなれば、きょう&あしたのじぶんの役には立たないわけで。

 

とはいえ、「北の国から」はすきなので、なるべくそういう気分を封じ込めて作品をみることに集中しようとする。

という、よくわかんない事態が巻き起こるわけです。

 

そういう不毛さにうんざりしてるわけです。

あまつさえ、そこにどっぷりつかり、後ろばっかみてるてめえを殴りたくなるわけです。おめえキクチよお、そうじゃねえだろ、かるぺでぃえむだろ!? と。

 

 

言ってること、わかりる?

まったくもって、わかりづれえ?

 

 

こっからが、このエントリーでいわんとしてること。

 

コロナうんぬんになってからコッチ。

「居酒屋でくだを巻く」がすっかり、「おうちで酒飲みながらyoutubeみる」に代替されちってた。

 

 

レジェンドなスポーツ選手のむかしのパフォーマンス動画や。

レジェンドなスポーツ選手のyoutubeチャンネルで語られる数々のむかしのいい話動画や。

全盛期の談志やたけしの動画。

をみたおしてきた。

 

「いいとも」の最終回なんてたまんない。

ダウンタウンの松本が「とんねるずと鉢合わせたらネットが荒れる」ってカマして。

それに石橋が呼応して乱入して「ネットをみてたら『キーマンは石橋貴明』って書いてあったんだもん」っつって。

爆笑問題の田中が「ネットに踊らされすぎだよ!」ってツッコむ一連の流れとか、もうね。

 

 

そんなんふうに。

youtubeでもニコ動でもいいんだけど。

みにいった動画の脇には関連する魅力的な関連コンテンツがオススメされてて。

そこをたゆたううちに、だいたい夜があける。

 

こういうのもネットサーフィン(死語)っていうんすかね?

そのたゆたいに、ある種の無意味をおぼえたし。

 

 

かたや。

ランニングに(腹筋きたえるに/痩せるに/ココの筋力つけるに)役立つ動画。

みたいのもくさるほどあって。

オススメをたゆたう。

 

たしかに、意識も高いし役立つし、おもしろい。

動画で動きを見せれば一目瞭然でわかりやすい。

ブログで文字でなんて、クソ伝わりづれえ。オワコン!

 

 

なんすけど。

動画って時間を吸い取られすぎねえ?

 

10分の動画なら、かっちり10分釘付けにさせられる。

けっか、ぜんぶみてもじぶんの満足を満足させられるとはかぎらない。

よしんばとちゅうで「ちょっとなあ」って時間のバー?を飛ばしたとしても。

その間に起きてることがわかんないので、けっきょくぜんぶみようかなってなる。

それで、「ちょっとなあ」で終わることもある。

 

 

ブログ(文章、文字玉)ならば。

「ちょっとなあ」「結論を早よいえ」ってスクロールしても。

高速スクロールしてる間にも流れはみれるし。

ウッておもったらそこで行きつ戻りつできる。

 

ってなると。

(メディアとしてはオワコンな)ブログが、がぜん便利っていうか逆にわかりやすいってこともある。

 

 

あとは、能動か受動か。

ってえとわかりづらくなるけど。

 

動画って、視聴者は決められた時間を誰にも等しく受動的に流さなきゃなんないけど。

文章なら、自分のペースで、能動的に「ここはじっくり読んどこう」「こっちはテキトーに飛ばそう」ってのがでける。

 

その文章の自由さに一日の長があるような気がして。

 

 

たとえばこの辺境クソブログだったら。

「クソ長えしつまんねえから『何を言いたいかというと』ってあったらそこだけ見とけばエッセンスはつまめる」(そんな奇特なひとはいねえし、そもそもそういう高貴な考えのひとはみるはずねえ)みたいな。

 

こともでける。

 

 

そういう、動画と文章の長所短所みたいなことが。

勝手にキクチ内でクローズアップされてきてて。

どっちの優劣じゃなく、使い分けようだなって最近つとにおもうわけで。

 

文章の「じぶんの時間の流れでできる便利さ」ってのもあるわけで。

 

 

。。。

 

 

 

たーはるさんってかたがいるじゃないすか。

コレ、すげくね?

blog.livedoor.jp

 

おいしいとこだけ引用しようとおもったらほぼ全文になっちゃったので、つたなくまとめとくと、こういう。

 

○クルマ通勤でずっと大すきなミスチルを聴いてた。

○でもミスチルには想いがありすぎて、朝からいろいろ考えちゃったりすんのはちょっとっておもった。

○ってんで、何の思い入れもない「浜崎あゆみベスト」にしてみた。

○なにこの「すきでもないし思い入れもないけど、どれも聴き覚えはある」っていうていどの軽さ! たまらなく心地よい。

○通勤の朝におれが求めてたのはこういう感じだ!

 

 

ついつい昔話を語って自己嫌悪におちいっちゃう「年寄り」。

に、ひつようなのはこんくらいの距離感なのかも。

 

ああコレぜってー、たーはるさんの罠だわ。

気まぐれにまた更新とだえさそうとしてるし。

 

最近、アにしろきんにしろ怪にしろ。

もともとブログおもしろいひとがとつじょやっと続々更新しはじめたのの。

「キーマンはたーはる!」って、本人が自覚なさすぎて草生える。

 

あああ。これじゃまた、

クソ辺境長え認定ぇ。。。