この日のめあては、
「スピード練習できる砂地を視察しにいく」
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あ、結論を先に言っとくと。
「三週間あけたら、さすがにちょっとね」
っていうだけの話なんだが。
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超絶ビッグシティの超絶豪邸から。
多摩川を4kほど下ると。
河川敷によく整備された砂地の直線が1kぐらいつづいてる。
むかし、スピードをつけようってんで。
500mのインターバルをやってた場所。
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500mごとの標示が、ちょうど橋の下の砂地のはじまりのところにあるので砂地をフルに使えるというか、使い勝手がものすごくいいし。
サイクリングコースのアスファルトよか格段に脚にやさしいうえ。
変なりきみが入るとずるっと滑るので、蹴らないフォームがおのずと身につくといううってつけの場所。
幅7mぐらいで脇が芝?雑草?なのでインターバルの終盤に「ずるっと滑る」があまりにもしんどかったらその草地に回避もできるという。
キクチにとっての天啓、ヘブン。
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でも、数ヶ月前から。
前に来た台風のフォローなのか、
砂地へとつづく橋の下の道が工事のために封鎖されてて。
「どういうコースをたどったら砂地にいけるのか?」
「いまの砂地の状態はどうなのか?」
ってのを確認しておきたくて。
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超絶豪邸から砂地まではちょうど4kだが。
その手前の野球場サッカー場群を
河川敷の公園に沿って迂回すると、
6k弱の距離が稼げる。
足が痛くならなければ往復で11kちょいになる。
右足親指の状態からして、たぶんそれはいけるだろう。
よしんば。
「もうちょっと走りたいな」おもったら。
砂地を越えて、もうちょっと下流に行こう。
90分走り切れたら、過去から未来へつながるぞおれ、と。
方針的に。
スピード方面に振るにしろスタミナ方面に振るにしろ、90分カラダを動かしつづけられるぐらいの体力?がないと、とりあえず何もはじまらねえっていう思い込みゆえ。
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砂地の向こうの端(5k地点)で
往復を考えてもまだまだよゆうだった。
そんなら90分を目指そうと。
あと3kちょい下れば、アレがある。
だいたいキロ6で走ってたので、
あすこまで行って帰ってこれば90分になるぞ。
よし、と。
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丸子橋のちょい手前。
かつてジャイアンツの練習場だったグラウンドがまだあるはず。
ってんで。
着いたー!(平成のビートルズなていで)
このグラウンドの何が萌えるかってえと。
かつてプロ野球の練習場だっただけあって。
河川敷球場にあるまじき、ブルペンがあるってとこで。
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キクチが小学校にあがるちょうどそのころ。
はじめて多摩川のジャイアンツ球場に行った。
おうちからチャリを飛ばして。
「ゴールデンルーキー・原辰徳が多摩川で練習してるらしいぜ!」ってんで。
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しかしして。
その日は当時の主要メンバーが勢ぞろいしてて。
王「助監督」だったり。
まだかろうじて現役だった堀内がいたり。
江川のケツが象みたいにデカいのが衝撃的だったり。
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多摩川グラウンドの周りは、十重二十重の人だかり。
じじいとガキとギャルがほとんどで。
ガキはほとんど原辰徳めあてで。
ギャルはほとんど定岡めあて。
とか、そういう。
いやマジ、ギャルの定岡人気が超絶絶大だったんっすよ。
原めあてのガキどもがドン引きするほど。
でもキクチ少年はひそかに当時、定岡の似顔絵が描いてあるお茶碗でご飯を食べてたので、群がってるギャルどもを遠目から、謎の上目線でながめておった。
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そんで。
上の写真と同じ位置をちょっと右にずらすと。
コウなる(↓)。
この、右奥にあるのがブルペン(だったところ)。
ちょうど対岸に高いビルが2本立ってるとこね。
いまはブルペンとしての機能はないのかもしんないケド、場所が囲いとかと込みでそのまま残されているだけでも全然いい!
「江川がブルペンに入ると。
江川に闘志むきだしのモロダシボンだった西本が。
ライバル意識を隠そうともせずに隣で投げはじめる。」
みたいのを、ほんの10m先で見られるわけですよ。
(なお、三本柱のもうひとりの定岡はそこには加わらず、外野のフェンスに沿って走ってたもよう)
江川がブルペンキャッチャーに「次、まっすぐ」言うと、すかさず西本はキャッチャーに向かって顔の前に出したボールを握った右手を顔の前から右側に動かすわけよ。
(西本の伝家の宝刀シュートのジェスチャー)
ただの見せ練習なのに、ちょっと西本を意識して特有のホップする豪速球を投げ込んでねじ伏せようとする江川。
それに対して、ギャラリーがいるから昂ってんだか。
沢村栄治みたいに、星飛雄馬の大リーグボール2号みたいに、左足をピンと跳ね上げてシュートを投げ込んだりする西本とか、ね。
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って、これ。
河川敷だからタダだったけど、
どう考えても課金案件だったろ!
小学生だてらに、せめてグランド小池商店でおでんの大すきなちくわぶだけ5ケ頼んじゃうぜ、みたいな。
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。。。
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なんていう。
ちょうど40年前のロマン光景をおもいだしながら
写真だけ撮って、来た道をとっとと引き返す。
走るのとは関係ねえ、初老の思い出話が長すぎw
戻す。
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。。。
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いい気分に浸りながら、復路14kあたり。
駒澤大学のグラウンドぐらいで。
残念ながら、いまのキクチの限界がキタ。
何もできずに三週間前経つと、神はいなくなっちまうらしいぜ!
3分の1しか走れなくなるらしいぜ、の実証実験ぇ。
くっそ。くっそ!
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そんなんわけなんだが。
47の初老だてらに。
「新横浜でマラソン相当の距離を走り切れた」
は、メモリー的に自信として蓄積されてて。
元ジャイアンツ球場の往復は、体力的にぜんぜんだったものの。
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そのメモリー的な自信の残像と。
「そん程度は、ちょっとつづければすぐ戻せられる」
っていう拙い経験則が手伝ってるので。
クソ草ジョガー、ちょっとやる気が出てて。
たとい年寄りの冷や水でも、楽しそうならば何でもよくって。
きょうまたちょっと走っちゃったし。
何より。
「もう、脚はなんともねえ!」
ってことがうれしくってうれしくって。
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本編は上までで終わりな。
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。。。
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(蛇足、おのれに対する備忘メモだからいま読む価値はない)
けっきょくこのエントリー。
「40年前の巨人軍多摩川球場」
っていうどうでもいい情報が幅をきかしただけじゃん。
そんなんまさに、ザ・いらねえ情報じゃん?
知るかよ! じゃん?
「一週間ぶりに走ってみた」と
直接的な関係は、ねえじゃん?
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ついこないだ、ね。
この話とは全然べつの流れで。某セレブが。
ゆきがかり上、
「年寄りの昔話する自分がほんと嫌いっ」
って、つぶやいてて。
ぶんぶん首肯した。
ちょうどここ数日それについて考えてたので、ほざいてみようかなと。
明日かあさってか、その次かその次の次。