ネットをぼーっとながめてて
こんなん発言を見つけた。
でも、とはいえ、
「つくる正義」って欲しいんですよ。
つくる側としては。
ドラマづくりに迷ったときに
ギュッとつかめる命綱のようなものというか。
「なぜ、いまこれをつくるんだろう?」
ってことなんですけど。
で、そのとき話し合ったのは、
「入れ替わり」って
「究極に相手の立場に立たされること」
なんじゃないか、と。
発言者は脚本家の森下佳子。
今年の1~3月にやってたドラマ「天国と地獄」の脚本家ね。
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いちおうすっげえ雑に補足しとくと。
綾瀬はるか演じる女性刑事と高橋一生演じる殺人の容疑者の体が、ある日入れ替わっちゃうという話。
原作はない、いわゆる書き下ろし。
上記引用はこのドラマについて語ってるなかの一節。
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「つくる正義」って汎用性はやや欠けるケド。
こんなんようなことって、わりとあるよね。
やってる仕事が、「なくても生きるには困らないこと」をしてるとなおさら。
当該案件や、ややもするとその職業自体の意義・意味みたいなものを見つけ出す、あるいは無理やりこじつける、後付けする機会は多くなる。
なったりならなかったりする。
とか、どうっでもいいな!
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言い換えると大義名分とか必然性とか必要性とか思想的後ろ盾とか、それこそ存在意義を示す。として。
上記「見つけ出す、あるいは無理やりこじつける、後付けする」っていうと、いささかネガティブな意味合いになっちゃうが。
「拠って立つところ」とすれば、存外重要なものであることに気づく。
原動力とかモチベーションの根っこに据えるべきもの。
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きょうの文体はなんなんだぜwww
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卑近な例では。
「走る」「走りつづける」ってのはまさにその、つくる正義(のようなもの)が問われる事柄で。
「速く走れたい」「長く走れたい」「痩せたい」「ひとに負けたくない」だと、どこかでかならず頭打ちになるはず。
長い間それを目指すことができるひとってのは、根っこにたとえば「すき」「楽しい」があるわけで。
とすると、そのひとの「走る」「走りつづける」についてのつくる正義は「速くなりたい」ではなく、「すき」「楽しい」からということになる。
アドラー心理学でいう、一次感情と二次感情みたいなもんで。
(「怒る」というのはあくまで二次感情で、その原因として「悲しみ」「心配」「がっかり」の一次感情があるから、そこを解決しないと怒りは解消しないよねみたいなこと)
「ベストタイムを更新する」というより「あるタイムをキープする」とか、「ダイエットしたい」というより「リバウンドしない」とか、そっちの次元のひとの感じに近い。
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ってコレ。
キクチ珍しく、書きながらすっげえ納得したなり。
ジコマンのすくつなり。
まあ、いつも万事そんな小理屈を考えるのはめんどくさいし。
べつに「つくる正義」なんかなくたって、なにかをすることはできるわけで。
でも、たまにそういう「なんで空は青いの?」的なことを考える時間を設けるのも大切なことなような気がするし、ゴールデンウイークってまさにうってつけな気がする。
ふだんできないようなジョグをしながらとか。
寒くも暑くもない陽気を利用して大掃除をしたりなんかして。
風呂とか窓ガラスを無心で磨きながら、とか。
って、えっ?
せっかく一度すっげえ納得したのに。
ふわふわ、ぽえむ着地すか?