キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

名刺代わりのおしごと(大幅に遅ればせながら)、みたいなこと

きのうだっけ?おとといだっけ?まで、アマゾネスで2000円分だかまで無料みたいなキャンペーンがあって。ひさびさに本を読んだですよ。

 

いや。

資料としてはわりと毎日、それなりの量を読んでるんすよ。

論文とか、なんらかの仕事に関係した書籍・雑誌とか。

 

でも、プライベートではとんと読まなくなっちゃった。

ほうの分野の話で。

 

 

ブログをわりとひんぱんに更新し、ヒトサマのブログを拝読するようになってからは、プライベートの読書の時間はまんま、そっちに移行してった。

折しも、いわゆる町の本屋さんがガンガンつぶれてった時期で、残った本屋さんも完全に守りに入ったというか、無難な品揃えしかしなくなったので足が遠のいて。

 

あと、たいていのものは本じゃなくネットで記事として読めるし。

 

 

にょうぼうはどちらかというと活字中毒なほうで。土曜に通ってる英会話教室が成城学園にあって、成城学園前の駅ビルには大きい本屋さんがあるので、わりといまでも紙の本を読んでて。

 

「ダンナ、あれだけ本読んでたのに、最近ホントまったく読まなくなったよねえ」

折に触れて、言われるシマツ。

 

 

んで、きのう?おととい?

アマゾネスで2000円分だかまで無料だってんで、ひさびさに本を買った。

kindle。

 

「日本三大浩」の一角としておなじみの、荻原浩を5冊。

 

(日本三大浩とは「今上天皇(浩宮)」「荻原浩」そして「キクチヒロシ」w)

(おっきい括りでいうと、トガーさんもそうなのかな())

(いらねえ情報的には、「世界三大昭和49年生まれ」は「デカプリオ」「キクチヒロシ」と、あと3枠目を「松井秀喜」「室伏広治」が熾烈に争っておる。らしい。マジか?)

 

 

荻原浩、すきなんっすよ。

 

最初は映像化された「明日の記憶」とか「僕たちの戦争」から入って、そのあと著者に興味をもって、小説を読みはじめた(ただし、もう10年とかそれくらい前)(で、上記の通り、さっぱり読書をしなくなったので間はぽっかり空いとる)

 

文章として最初に荻原浩に引き込まれたのは、そのギャグセンス。

 

何の作品だったか忘れたけど、主人公が青森のイタコのところに行くのね。んで、ちょっと胡散くさいばあさんが出てきたので、「歌手の尾崎豊さんをお願いします」っていうの。

しばらくして、イタコのもとに降りてきたオザキ(らしき)ひと

「紅白、出てえ!」とか、もうね。

 

このジャストコレズバリ感(なつい)

 

 

そんなこんなで、ひさびさに読んだ(まだ読んでるとちゅうの)荻原浩は相変わらずクソおもしろいので、通勤電車のいねむりとかドラクエウォークとかブログ拝読の時間を、読書にすり替え中。

 

読書にかぎらずだけど、「なきゃないで別にどうでもいいんだけど、ひとつ鉱脈をめっけると、読みたいもの(やるべきこと)が芋づる式に出てくる」こういうのって、何だろね?

 

 

。。。

 

 

というわけで本つながりってことで、きょうの本題は。「どんだけ塩漬けにしてたんだよ」っていう禁断のコレ(↓)に、勇気を出してとうとう触れてみる。

mrun.blog.fc2.com

いや、「禁断」でもなんでもなくって。

表題がこそばゆすぎて、内容はもっとこそばゆすぎて、どうアンサーしたらいいか逡巡したまま、まさか2ヶ月も経ってしまうとはな。。。

 

まっこと、すまねえ。。。

 

 

詳しくは上記サトさんのブログを読んでもらえればわかるけど。

 

ほったんは初夏だったか。

えむさんとサトさんがオンラインウタゲにお越しくだすって。何かの話の流れで「その本」の話になって。

 

サトさんはわざわざ、実際に買って読んでくだすった。

というのが、大雑把な流れ。

 

 

サトさんってちゃんとした方だから、そのオンラインウタゲの数日後こんなLINEをよこしやがるわけです。本のタイトルがバレちゃうけど、いちじるしくうれしかったからいいや。

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そんで、ごていねいにブログにまで書いてくだすって。

(そのために2回も読んでくだすったらしいじゃないすか!)

さらに、サトさんのブログを読んだかたのうち、何人かのかたがたも読んでくだすったらしくて、なんというかまあ、控えめに言って、おしっこ漏らすほどものすごくうれしかった。キクチ、ダダ漏れのヘケ漏れ。

 

 

そのアンサーとして何をほざくか、ずっと迷ってたんだけど、論点ずらし気味にwそれなりの熱量で語ってみる。

すでにここまで長くて、ここからも長くなっちゃうかもだけどつづける。

 

 

まず、これはサトさんとか読んでくだすったかたに対して言うんだけど、この本(むちゃくちゃ)おもしろくないすか?

 

当のキクチは、原稿を書いてる段階で、いや取材してる段階で、もっというと最初に企画書を見た段階で、「むちゃくちゃおもしろくなるわ」っておもったし。

キクチは書くことが本業じゃないけど、いままで20数年やってきたおしごとのなかでは間違いなく相当上位に入る満足度とクオリティのものがでけた。

 

 

ありていに言うと「キクチはどんなことしてきたの?」って訊かれたら、名刺代わりにできるおしごと。(世間的に「売れた」わけではないんだけどな。。。)

 

 

内容はサトさんも触れてくだすってるとおり、マーケティングの本。

イッチョカミ的に、もうちょっとていねいにアマゾネスの本紹介に少し寄せつつ言っとくと。(本が出たのが5年ぐらい前だから、その時点として)

 

「失われた20年」といわれる長く続く経済不況のなかで、最近、活況を呈しているアイスクリーム業界。ひとたび斜陽産業というレッテルが貼られるとオワコンと化してしまう現代において、ここまでのV字回復を果たしたのはある意味、奇跡と言っていい。ではその要因は何か? 主要13社の旗艦商品に対する取り組みから探る。

(いま、おさけを飲みながらテキトーにつくった)

 

 

そうそう。

キクチはノー社会性なんでマーケティングのことはビタ一文知らない。

ってんで、最初に「そういうクソシロート目線でやさしく初歩を語るっていう視点でもいいんすか?」って断って、それがかえってよかった例。

 

 

(この間につらつらいろいろ書いたが、とりあえずどうでもいいので削除してと)

 

 

そうそう。

「著者は大学の先生でしょ?なのにキクチが何書いたの?」って疑問が湧くわな。これは役割分担みたいなもんで。

 

たとえば、いまでもやってんのか知んねえけど、週刊文春のレギュラーコーナーに阿川佐和子の対談ってあるじゃないすか。あれって、コーナーの末尾に「構成:何某」ってあるじゃないすか。要するに、阿川佐和子は対談はしてるけど原稿にしたのは何某さんで。すっげえ大雑把にいうとそんなようなもん。

 

 

で、アンサーブログとして何を書こうか?

本の内容とか裏話とかいろいろあんだけど、あんま大きな声で言えないことはオンラインウタゲで言っちゃったし、それとかぶってもつまんないしで、ここで論点ずらしが炸裂するわけです。

 

 

「キクチの名刺代わりにできるおしごと」って上記したように、媒体とか題材とかじゃなく、ジコマン的にいい仕事したなっていまでも胸を張れるわけです。あれは。

 

ところで(ここで論点ずらし)。

キクチはバカなので、身が入らないと何もできない性質で。

たとえば「記事を書く」だとすると、ヒトかモノかモノゴトに思い入れっていうか共感っていうか、魂が入らないと、一文字たりとも原稿が進まないめんどくさい性質で。

こんなどうでもいいことしか書いてないブログでもそう。

 

ブログに関して自己弁護的にいうと、1を100に膨らますことはあれども0を1にすることはけしてしない。っていう安いプライドはある。

 

(そりゃ自称46歳のいい大人なので、おしごとに関しちゃ、魂が入らなくてもテキトーにやっつけることはできるしそういうのも多いっちゃ多いけど、そうやって話を複線にすっとややこしくなるから措いて。)

 

名刺代わりにうんぬんってほざくのは、このおしごとはそこらへんの魂とやらがバッチリ入ったのね。

 

 

青くせえこと言ってるなコイツって感じだし、実際青くさい100なことがらなんだけど、そういうもんじゃね?

想い入れイズ・オールじゃね?

 

マラソンに燃えてマラソンのブログ書いてるひとって、まさにそれじゃん?

 

 

おもくそぶっちゃけると、「全体的に魂入れまくった」アイスクリーム本にしても、13社あるわけだからどうしても濃淡は出ちゃうわけで。

読んでもらえれば、「ちょっと仕事を逸脱した思い入れがココにはあるな」とか、「ココは逆に過度に持ち上げてるケド、キクチそうとうムリしてんな」ってのは、空気でお察しで。

 

そんなん、空気としてすら出ちゃうのも失格かもしんないケド、キクチだし、しようがないじゃないすか。ロンのモチ、大人としてしがらみとして、ココはコウ、あすこはああ、的なことは言えるわけねえし。

 

 

かたや、取材させてもらう身としては、最低限の礼儀として取材前に商品を食しておかなきゃいけないわけで。

「もともとすげえすきな商品」で「取材もすげえよかった」としたら、帰り道、コンビニでせしめてまた食っちゃって。原稿書いてるうちにさらに食いたくなっちゃったり。食いすぎて腹壊して、それでもなんか幸せだったり。

「あんま知らなかった商品」なのに「取材がすげえよかった」としたら、不勉強と無知を反省するとともに、もうなんか自分内でいきなりすげえクローズアップされて、その会社ごと大好きになっちゃったり。だもんだからやっぱり、食いすぎて腹壊しちゃったけど、なんか幸せだったり。

 

「もともとすげえすきな商品」なのに「取材がアレだった」としたら、キクチ内で超絶冷めて、二度と食うもんかってなったり。

 

ってのは、ありうるわけで。

 

そんなのは押しかけたこっち側のエゴでしかないってのは重々承知してるけど、(話の内容のおもしろさは別にして)取材対応の仕方ひとつで、その企業の姿勢とかいろんなことが透けて見えるぶぶんもたしかにあったりして。

 

あまつさえ、些細なことであればあるほど。

 

 

あくまで妄想でたとえると、就転職でとある企業を受けたとして。あるいは、取引先としていっしょにおしごとをしたとして。

けっか「個人的にはこの企業のサービス、こんりんざいカンベンだわ」ってなること、ままあるじゃないすか?

 

あ、ないならいいです。

だいたい、そういうようなこと。

 

 

ええっと、このエントリー。

何を言おうとしてたんだっけ?