キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

走るか走らないか、どっちかはっきりしたほうがいい

6月に入ってからジョギングをはじめ。
6月は徐々に徐々に距離を増やしてってトータルそこそこ走れたが、7月に入ってから先々週、先週とちょっと停滞してる。

 *

 

週間走行距離をさらしてみますね。

6/1~  42km

6/8~  53.1km

6/15~ 56km

6/22~ 64.4km

6/29~ 35.6km

7/6~  18.5km

※キクチは「週のはじまりは月曜」派だ。いらねえ情報。

 
まあ梅雨どきだし、先週の金曜日なんかひさびさにウタゲがあったり、いやおうなく走れなかったということもあるにはある。
 
 
一方で、「目に見えて走行距離が減った」こととタマゴが先かニワトリが先かはわからないが、テンション・モチベーションがゆるやかに落ちてきていたことも否定できない。
 
目方の調整で走っていただけだから、極端にいうと。
「いい感じの目方をキープできてるからきょうは走らなくていいや」と「やべえデブってきた。きょうはちょっと走っとかないとな」の不連続なくり返しで。
 
それはそれで別にいい。
 
 
先週、ちょっとヤバいなあとおもったのは「走らなかったことにあとでクサクサしてるじぶん」と「ヒトサマががんばってるのを見聞きして卑屈になるじぶん」が顔を出しはじめてることに気づいたからで。
 
ソレってまるで「走るひと」みたいな心境の移り変わりじゃん。と。
 
 
いや、「ヤバいなあとおもった」のは、そういういかにも走るひとの心境みたいなやつがうっとうしいとか、そういうことではない。
 
こんなこと、てめえに向かって言うのもちょっとおかしいかもだが、じぶんに目方を調整する目的以上の「走る気」があろうとなかろうと、どうでもいい。あんま関心がない。
 
ただ、走る気があるんならちゃんと走ればいいし、大してないのならもっと気楽に取り組めばいい。よしんば、別に走らなくたっていい。
 
そこをやれ「走りもせずただ卑屈になってる」とか、まったくのイミフっていうかひたすら不健康なだけじゃん、と。
 
だいたいぽまいごときになんか、誰も「走れ」とも「走るな」とも言ってねえわ、と。
 
 
そんなんわけで、はっきりしないのがいちばんよくないってんで。今週は、わりとコンスタントに走ることにしちゃった。来週またどうなるかわかんないけど、どうも走ることからは離れられないようなので、つかず離れずって感じで。
 
 
とりとめのないエントリーになっちゃった。
 
なんとなく週50〜60kぐらいならギスギスもスカスカもせずコンスタントに走れそうな気がする。距離を追い求めるとかそういう意味じゃなく。
ので、そこらへんをめやすに。
 
「走ること」に関して、やりたいことや試してみたい練習も出てきた。これは6月に走った(のと、この2週間あんま走らなかったことによる)収穫物。
たとえば坂ダッシュの効果的な距離、傾斜、本数、頻度を調べてみたりだとか。 
 
 
あと収穫はあれか。
なぜかいまだに潜伏したまま表に出てこないぬーん、とかね。
 
何を言ってんだろうな。
クソぽえむ。