キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

続「神は乗り越えられない試練は与えない」

正と続の間が5年空いてるとか、もうね。

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こないだ、水泳選手の池江璃花子が
白血病であることを公表して。
そのなかでこの言いまわしを遣ってて。

あ、これは自称の言葉なんだな。
って、おもった。

「自称の言葉」って、クソわかりづれえな。

じぶんでおもいついておきながら
じぶんでもあんまよくわかってないし、
それ以前に「自称の言葉」って言いぐさが
決定的にセンスないなあとおもうんだが、
措いて。

たぶん、言葉のなかには、たまに
「自称に適している言葉」と
「他称に適している言葉」があって。

それを間違って遣うと、おかしなことになる。

たけしが「大御所」なのはあくまで他称で、
たけしがじぶんを「大御所なオイラが」
っつったら、なんかへんじゃないすか。 的な。

トシちゃんのビッグ
的な。

ん? どっかで言ったことのあるたとえぇ。。。

だからこそ、
サンシャイン池崎の「空前絶後のうんたら」
デーモン小暮「閣下」の「吾輩」
トガーさんの「あそこがすんごくおっきい私」
なあんていう技巧が、 絶妙に効いたりする。

ってこともあるんだろう。

。。。

「神は乗り越えられない試練は与えない」は
ひとがひとを上から引っぱり上げる系の
「他称の言葉」だとおもってた。

こいつはがんばればできるはずっていう
期待度を絶対的な前提に置いた
コーチから選手に対しての、
あるいは上司から部下に対しての叱咤激励
みたいな感じで。

なので、
冒頭にリンク貼った前編?の例は
すごくおかしなことになってる。

ガンであることを公表し、
これから戦うという姿勢をみせてるひとの
その決意と勇気と覚悟に対して
「神は乗り越えられない試練は与えない」
赤の他人が言う。

あまつさえ「あたし、いいこと言ったでしょ」
風にドヤ顔をキメまでする心の機微って
やっぱりいまでも、よく理解できない。

それはけして。

いまの世知辛いご時世にありがちな
言葉尻をあげつらう的なんじゃなく。

まあいいや。どうでもいいや。

余談的には。

救いがあるとすれば。
あのとき病を公表してた元巨人の角投手が
治療がうまくいって元気になってる
ってことで。

。。。

書いてて気づいたのは。
そもそも「試練」という言葉の意味を
おれは、はき違えてたのかな()
で。

試練ってのは、
乗り越えられる前提のことを指してて。
試練って言葉を用いた時点で
「乗り越えてしかるべきもの」
と定義づけてるんではないか。
その言葉を用いたひとは。

と、するならば。
合点がゆかなくもない。

なお、「試練 類語」で軽く検索したらば。
「困難/忍耐/我慢/ハード/つらい」
あるいは、
「使命/重要課題/テスト/ミッション」
というのもあった。

なんか、意味の幅、やたら広くね?

そんなわけで。
じぶんがいま「試練」に臨んでる
ひとは、その目の前にあることは
乗り越えられるんだとおもいまーす。

ちょっとこのテーマ。
じぶんの脳みその量では
トゥーマッチすぎじゃね。

とは、書きはじめてわりとすぐから
気づいてたw