キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

走ってますと胸を張って言えるほどじゃないけど走ってはいる、みたいなこと

「走ること」について書いてないな。
そういえば、という感じで気づいた。

ちょっと見返したら
かれこれ20日以上「走ること」について
書いてなかったでござる。




だからって。
「走ること」について書くのを避けてた。
ってわけでは、けしてないし。

走るのがまたやんなっちった
ってわけでもない。

まったくのたまたま、である。



書いてはなくても
いちおう走っては、いる。

いや、なんつうか。それは。
「走ってる」か「走ってない」か
0か100かって言われりゃ
「走ってる」けれども。

じゃあ、その
「ガンガン走ってるか?」っていやあ
ぜんぜんガンガンではないから
大手を振って「走ってるぜ」
っていえるほどじゃねえし。



じゃあ、「走ってないのか?」
「そう大してやる気はないのか?」っていやあ
まったく走ってないわけでもないし
やる気はわりとあるほうで。

たとえば今週の平日。
5日のうち4日走った。



でもでも。かといって。
ポイント練をガシガシ追い込んでる
ってわけでもなく。

じゃあ、距離を踏んでんのかっていうと。
1回のジョグの距離単位は6kだし。

就中「朝になるべく走っとく」
を旨にしてみたものの。
4日のうち、朝走ったのは1日だけぇ。



何を言いたいかというと。
「走る意欲は、わりとなくはない」
「きょうのいらねえ情報は『就中』でええす!」



。。。



で、その夜道をポクポク走りながら
ごくあさく、うすく考えたことを。

箇条書き的にチラ見させときますね。
「問いかける」ってよりは
「てめえに言い聞かせる」趣向。



「量」と「質」ってあって。

で、そもそも量を潤沢にとれりゃ
そこに質をともなわせられたり
いろんなバリエーション利かせられて
いいんだろうが。

量をこなす絶対的な時間がないバヤイ
質でもって、おぎなおうとするじゃないすか。



一流のマラソンランナーでいえば。
「月に1000k走るのがスタンダードとして。
おれっちは600kしか走れないから
その中身をどう濃くするか、考える」

とか。

「週に3日しかグラウンドを使えない野球部が
週7日使える私立の強豪に
どう伍していくかを考えて
ID(考える系の)野球を叩き込む」

とか。



いま、月200kしか走れないとして。

相場として「300kがひつよう」
なタイムで走りたいとする。バヤイ。

「やりくりして少しでも300kに近づける」か
「200kの質をどう上げるか考える」か
って、分水嶺な気がして。

じぶんはとかく、前者を考えて
やれもしない源氏物語絵巻を
繰り広げたがるわけだが。

後者。
おれの200kで、どう300kに伍すか。
的な視点がいよいよ大切な気がする。



王道といわれるメニュウがあるとして。

それはなにをもって王道かは
しょせん最小公倍数だか最大公約数にすぎない。
で、それはじぶんに合うとはかぎらない。

としたら。

じぶんの目標と現在の位置を結んで
その直線をはずさないところを進む。

ってことをいかにはずさないか。
そこにどんなメニュウがひつようか。
ひつようと決めたら、ぶれずに信じる。
を、もっとちゃんと考えて、やるか。

ってことになるのかな()と。



書き出すと、アタリマエすぎるな。
でも、それイズオールというか
それしかないような気がする。



どこが箇条書き的なんだぜ?

あまつさえ。
ほかに箇条書きしようとしてたことは
なんかもう、くたびれちゃったので
そのうちいつか(やんねえフラグぇ)。



ちなみに。
いまのおれのそれは。
「股関節の上下15cmを強化する」
ってことに、やっぱ帰結する。

やればいいのは、
173cmのうちのたった30cm。
(デジャブ感?)

そこをつおくすばやく、美しく、駆動さしたい。