キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の「辺境クソブログ」。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

思考が停止しないようにする、みたいなこと

休日で過疎ってるのをいいことに、シリーズ。

こんな記事があって。
箱根駅伝「薄底vs.厚底」靴の知られざる闘い ナイキ驚異のイノベーションが歴史を変える

こむずかしいことや、ハイレベルなことや
専門的なことは
低レベルで低脳なおれには
いまいち、よくわからないんだが。

なんとなくずっと
ひっかかりつづけてることをほざいてみる。



たとえば。
斬新なAって手法があるとして。
うおおって、とびつく。

しばらくして、もっと斬新な
Bって手法が出てきて。
うおおって、今度はそっちにとびつく。

Cって手法もあるよ。
って誰かが提唱したとして
そんなのもー、ってそっちにとびつく。

ってことがあるとする。



かたや、たとえば。
1って道具があるとして。
最初はあこがれてただけだったが。
しだいに実力がともなってきて
それを使うようになると、する。

しばらくすっと、2って道具が出てきて。
うおおって、そっちにとびつく。

かたや、3って道具もありますよって。
うおおって、そっちにもとびついてみる。

ってことがあるとする。



手法や道具がいろいろ出てくるのは
技術革新ってことだろうし。
それはそれでいい。

時代の流れ、トレンドってことも、ある。
技術的に潮目、みたいなこともあり
なかにはやり過ごしてはならないこともある。
それはそれでいい。



ただ。
じぶんは、そこのどこにあるのか。

流れに乗っているだけで。
じぶんが拠って立つところから離れてるのに
「隣の芝生は青い」っていきおいで
イッチョカミしてるだけではないか。

って自問自答には、慎重でありたい。



「こんなことがあるぜ」って斬新なやつを
たとえば、ブログで取りざたしゃ
そりゃ、目をひくことだろう。

いやしく言えば「アクセス数が稼げる」

でも、それってニュースみりゃいいだけで。
それに対してどう考えるか
どう実践してるか、してみたか
が、重要なはずなわけで。



盲目的に「そういうもんだ」ってなるのは
思考停止なだけじゃねえか。
そういうことだけは避けよう。

と、いつもクソ生意気に考えてる。

やるのはじぶんだし
結果に責任を負うのもじぶんだから
もし、ひとたびいいとおもったら、
バカみたいに忠実になぞる覚悟。
みたいな。

骨格も姿勢も、嗜好もひとそれぞれなんだから
唯一の絶対的な正解ってのは
ないとおもうんっすよ。



唯一の絶対的な正解ってのはないけど
すべてに通底する「基礎」は確実にある。
揺るぎなく。

ってのは、ちょっとズレるから措く。



なので。
発言力のあるひとや、実力のあるひとが
提唱していることは、説得力はあるが。

ロンのモチ、そこには
相応の裏付けもあるんだろうが。

じぶんにとって、それが
ちゃんと正しいかどうか。

「正しい」ってえと、誤解をまねくな。
「ほんとうに合ってるのかどうか」だな。

じぶんに「ほんとうに合ってる」のかどうか
に対して、冷静に慎重になる。



てっとり早い答えなんてなくって
その先につかんだものが「じぶんなり」で。

それは「いいとされてるもの」に
てめえの都合とフィーリングで味付けしたのとは
似て非なるものである。

ということを肝に銘じとこう。
おもったおもいましたとさ。



「オリジナリティ」ってえと口はばったくて
なんかタイソーなことっぽいが。
けっきょくそんなんようなことで。

ごく、シンプルなことで。

「マラソン×ブログ」でいうならば。
○インターバル
○30k走
○5k閾値走
○疲労抜きジョグ
たとえば、そういうのとか。

○レースでメイタン常備
○ペース表を常備
○勝負シューズはターサージール
たとえば、そういうのとか。

○「○○」っていいまわし
○じぶんのなかになんとなくあるテンプレ
○エンターテインメント性
○ちゅどーん、もりもりもり、きらきらきらっ
たとえば、そういうのとか。

それって、ほんとうにじぶんオリジナル?



そういうもんを
おざなり? なおざり? でなく
ただのパクリや受け売りじゃなく
等身大にひつようなこととして取り組む。

みたいなことは、
クソ生意気に考えつづけたい。
ナドト、おもったおもいましたとさ、ぽえむ。

マジクソ、抽象的ぇ。。。



。。。



無邪気で無意識なパクリは、
思考を停止さすだけなんだよね。

邪気たっぷりで意識バリバリに
パクってることは多々あるので、気をつけねば。

あ、念のためいっとくと、冒頭の記事リンク。
おれは賛でも否でもないですぞ。
ただの、トリガー。
ブログネタのきっかけにすぎぬ。