キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

マラソンの「心の壁、愛の橋」、みたいなこと

もう本格的にネタ切れで。
しようがないので、こないだ
焼肉屋で話したことをもう1つ、さらす。

「しようがないので」って、何ぞ?
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「マラソン的な」という意味では。
じぶんの走力はここ2、3年、上がってない。
と、自覚してる。

頭打ち。

でも、この3年で。
3時間11分から07分、01分と
タイムだけ見りゃ、10分ちょい縮んだ。

なーんでか?(超絶流行語)

あ、おもしろくもなんともねえな。
もとい、「どうしてか?」

言い換えた意味が、まったくねえぇぇ。



結論からいうと、それは
「心の壁がちょっと向こうにいった」からで。

たとえば。

3年半前に3時間11分で走ったときは
「前半をキロ440で巡航しよう」
っておもってて。

2年半前に3時間07分で走ったときは
「前半をキロ435で巡航しよう」
っておもってて。

半年前に3時間01分で走ったときは
「前半をキロ425で巡航しよう」
っておもってたからで。



それまでじぶんのなかで、あくまで気持ち的に。

3時間11分で走ったあと
200分(3時間20分)基準だったのが
3時間10分台前半基準になり。

おんなじように
3時間07分で走ったあとは
3時間10分基準になり。

3時間01分で走ったあとは
3時間ヒトケタ前半基準になった。

(後半ハーフはハーフのベストか
その1~2分以内で走るぜってイキゴミで。
ってのは、別にいらねえ情報だな)



ってだけのことで。
くりかえすが、その間。
走力が上がってるわけではないのだ。

ただ、意識をどこに置くか。
それが実績によって変わった。
ってだけのもんだい。



でも。

そのちっぽけな自信っていうか
心の壁がちょっとずつ向こうに行ったってのが
わりと、とても大事なことのような気がして。

「大事」っていうとアレかもだが
じぶんのなかで拠りどころになった。
ってのは、少なくともある、とおもう。



「走力がおんなじだったんなら
じゃあ3年半前から、もっと
意識高めに持ってりゃいいじゃねーか!」

ってのは正論すぎて
ぎゃふんというしかないケド。

そんなん。
正論だからいいってもんでもねえじゃんw
そんなんは、理屈でしかないのだ。
だから、措いてしまうのだ。

ナドト。



。。。



「だから、そこがスイッチでければ
走力自体はおれよりぜんぜんあるんだから
早くスイッチでけるといいですよねー」

と、焼肉屋であやたさんにほざいた。

なんだその、上目線は。
って感じじゃんね。



でも、そんなつもりはなくって。

というのも、あやたさんは
3年ぐらいずっと踵に不安を抱えてて
その間も、踵と対話しながら
そこそこのタイムで走ってて。

その基準が「3時間15分」で。

ただ、それに慣れすぎちゃって。
(っていうふうに、おれには見えて)

踵の不安がなくなった今(焼肉当時)もまだ
マラソン的な基準が「3時間15分」から
無意識的にか、変わりきれてないだけじゃん。

スイッチさえでけりゃ
本来の走力に見合ったタイムが
当たり前に出るはずじゃん。

っておもったので、上記みたいに
クソ生意気を、ほざいた。ほざいてみた。
こう書き起こしても、感じわりいなw



あのう。

あるじゃないすか、そういうの。
村のひとをみてても。

走力の差ってより、その意識の差というか
じぶんのなかの経験(成功体験?)の差で
本来の走力と実際のタイムが噛み合わない
みたいなケース。



「身の丈に合ってない」
っちゃ、たしかにそうなんだケド。
そんなん、なかなかわかるもんでもねえし。

ってんで。

それだけのことで。
書きかたがじつに、むつかすい。

逆パッターンだってある(だろう)しね。



。。。



表題は、オールいきおい。
ジョンレノンのアルバムだっけ?

ウォールズアンドブリッジズ。
の邦題。

まあ、「心理的な作用」
みたいなことで表題を考えてて
たまたまキョライしたんだが。。。

ところで。。。
「愛の橋」って、なんじゃらほいw