キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

ブログ的運動神経、みたいなこと

いつだったか、武井壮が
こんなんようなことを言ってた。

「ぼくは、頭で描いたことを
身体で再現する能力は高いんだと思います」
「それがいわゆる『運動神経いい』
ってことなのかと」

うなった。



たしかにかに。
頭で思い描いてる動きがでければ
理想的な「メカニック」ってことになる。



たとえば、走ってるとき。
それも絶好調で走ってるときのじぶんの動画を
(ちょっとホマレな気分で)見てみると
「おめえ、まじめに走れよ」ぐらいの
ものすごいアリサマで、心底、がっくしする。

みたいなこと、あるじゃないすか。

それは要するに、運動神経がないわけで。

「うまい」とか「速い」とかじゃなく
頭で思い描く、理想とする動きと
実際の身体の動きのギャップが
あまりにも開いてる、って意味で。



きのう、こんなことをほざいた。
おもしろいとおもえるのは
「ブログ的運動神経がよくて、かつ
じぶんを3つの視点から見れてるブログ」
なんじゃないかって考えてる。

おれが独りよがり的におもしろいなあ
っておもえるってだけのハナシなので
どうでもいいっちゃ、いいんだが。



なんていうか。
「書きたいとおもってること」と
「実際に書いたこと」のあいだには誰しも
多かれ少なかれ、ギャップがあるじゃないすか。

そこを完全に一致させられるひとって
たぶん、いないとおもう。
どんなすげえ作家であっても。



なので「どれだけギャップが少なくできるか」
ってのが、書く的な運動神経で。



ブログ。とりわけ、
おれがふだん見てるたぐいのブログや
じぶんが書こうとしてるブログは
「心の揺れ動きとか、内面を前に出す」
的なウエイトが大きいものなので。

それが、すごくうまく表せてるのをみると
あ、運動神経いいなこのひと
ってうらやましくなる。

じぶんは、その運動神経もにぶい(ない)ので
ただひたすら、うらまやしがってるだけ。



ブログ的運動神経のよさとは何か。
の、わかりやすい例を挙げるには
おのれの能力が低すぎるので。

コウ、漠然とした物言いになっちゃうんだが。



表現が長いとか短いとか
とくべつな言葉を使うとかじゃない。

基本的な作文能力とか文章力が
必要なような気もするが。

作文能力とか文章力が高くても
運動神経がよくない(いいとおもえない)
ものもあったりして。



あ、やべ。
だんだんわけわかんなくなってきた。

ちょっとズレてきたような気もするし。
うーむ、運動神経が、低い。。。



よくわかんなくなってきてるまま。
ひとつ、最低限の要素を挙げるとすれば。

「じぶんの言葉で表す」

ってのは、あるのかなあ。

じぶんの内面のアウトプットだけに
借りてきた言葉や表現方法じゃ
そもそも表せるわけねえじゃん。
な、はずで。



。。。



(じぶんができてないから
具体的にはわからない、ってのは措いて)



じゃあ、内面をあけっぴろげて
じぶんの言葉で語れてて。
それなりの作文能力や文章力がある。
「運動神経がよい」ならば、おもしろいか。

っていうと、またぜんぜん別問題だったりして。
ややこしいったら、ありゃしねえ。。。



いまのところ、明確にわかってるのは
「あんど3つの視点」ってことなんだが。
「運動神経 × 視点」ってことなんだが。。。

つづけるにしては長くなっちゃったので
あしたかあさってか、そのうち。
(やんねえフラグぇ?)

つづかない。