この、クソ辺境絶滅危惧ブログ。
つねひごろから過疎ってんだが
土日はさらに過疎るってのをいいことに
取るに足らねえどうでもいいことを書く。
みたいなことを、ひそかに楽しみにしてる。
の、流れで、取るに足らねえことをば。
ハナシ的には。
おとといの「ハーフマラソンランキング」に
ムスメっこの小学校卒業(中学進学)
をトッピングしてキョライしたことと
つながるともなく、つながる。
あくまで、じぶんのなかだけで。
*
まあ、ホント取るに足らねえ
クソつまんねえことなので、回れ右推奨で。
あまつさえたぶんムダに長いので
回れ右推奨で。
*
。。。
*
ランネットの「ハーフマラソンランキング」。
同年代のランキングをながめてて
ある名前をみつけた。
*
その名前をオトナになってからみつけたのは
6年前の川崎国際マラソン。
10kに出走した川崎国際のパンフレット。
ハーフの部にカレの名前があった。
はじめての10kレースを45分カットして
スタンドでゴマンエツしながら
ハーフのゴールを眺めてると
カレが現れた。1時間24分台。
その1週前のおれの初ハーフ。
超絶がんばって、1時間42分台。
おお、やっぱすげえな、と。
*
。。。
*
中学のころ、陸上部のはしくれだったおれは
川崎市内ってごく狭いレンジで
中1のころからカレと
勝ったり負けたり、してた。
いや、ミエを張った。
負けたり勝ったり、負けたり負けたり、してた。
カレは隣の隣の中学で。
中学で隣の中学に引越したおれは
小学校時代は同じ区内の隣の学校で
そのころからカレは地元で「あいつは速え」
って有名なひとだった。
わかりづれえな、この物言い。
*
中学に入って、1年生のころから
市内で学年トップを争うカレを
一方的にライバル視してた。
調子のいいときは勝てたりして
カレのことをよけい意識した。
ただ、一方的に意識してただけで
試合で顔を合わせても、
「あいつとは気安く話さない」
みたいな感じだったので
カレはおれのことを知らないだろうし
眼中にもなかっただろう。
*
試合では、だいたいいつもいっしょに走ってた
(んだろう)が、そのなかで。
2回だけ、ものすごく近接した。
のが、やけに印象的だった。
1回は、むかしどっかで書いたことあるかなあ。
中2春の1500mのレースで。
もう1回は、中2のときの市駅伝。
お互いに復路のエース区間をまかされた。
1位に6秒差の2位でタスキを受けたおれは
トップに立つどころか
30秒差あった3位の学校に抜かれ
中継点で20秒差をつけられるという
大ブレーキをカマした。
ちょっと自信があった時期なので、屈辱だった。
そのとき、3位でスタートしたのがカレ。
*
それとはまったく関係ないんだが。
おれは中学で陸上をやめた。
*
大学3年生の正月。
家で酒を飲みながらテレビを眺めてると
聞き覚えのある名前が耳に入った。
えっ、とおもってテレビを凝視すると
横浜から鶴見までシード権争いをする学校。
のタスキをかけて疾駆するカレの姿があった。
コーフンした。
*
そして、同時におもった。
高校、大学と自堕落をつづけるじぶんと
その間、たゆまぬ努力を重ねてきたカレ。
っていう、コントラスト。
知り合いというには
ジツにビミョーな距離感なのに
しぜん、応援してた。
いくら川崎で速いったって。
けして箱根を走るようなエリートではなかった。
どんだけの血と汗と涙を流してきたんだろう。
胸が熱くなる。がんばれっ、と。
「もし、おれも陸上つづけてたら。。。」
ナドト、ありもしない妄想をしつつ。
あるよね、そういうまったくクソ空疎なやつ。
*
。。。
*
オトナになって。
6年前の川崎国際マラソンで
カレの姿をみとめた。
上記したとおり。
カレはそれからも走りつづけてるようで。
ランナーズのマラソンランキングでも
ランクインするようになり。
こないだのハーフマラソンランキングでも
アタリマエのようにランクインしてた。
*
おれとていま、6年前のカレの川崎国際
ぐらいのタイムで走れるようにはなったが
カレはさらにずっと前にいってしまっている。
ハーフでまだ、7分あまりの差がある。
*
まあ、比較対象にはならない。
実績はロンのモチ、現在の脚力も違いすぎる。
わかってる。
わかってるんだが。
なんとなく意識は、する。
勝とうとも勝てるともおもわないケド
カレのおなまえを目にすると
おれももうちょっとがんばってみようかな。
おもったりおもわなかったりする。
*
だからどうだってんじゃない。
ムスメっこの小学校の卒業式に出ながら
そんなことをおもいうかべて
泣きそうなのを中和した。
ってだけのことだ。