キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の「辺境クソブログ」。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

いまを生きる、みたいなこと

たとえばあすのあさ、目が覚めなかったとする。
「おれの命、しゅーりょー!」
ってことになったとする。

コレ。ある面で、一大事かもしれないが。
またある面では、いうホド、一大事でもない。
よねっておもうんだよね。

みたいなハナシ。


いや別に。
気分がどうなったとか。
浅いことを深ぶって語ろうとか。
そういうんではなく。

ノリよ、ノリ。
おもっちゃったんでしたとさ。
ってだけのこと。



じぶんはまだとうぶん生きてると、おもいこんでる。
とうぶん生きてるってことを前提に、生きてる。

よっぽど抜き差しならない状況じゃなければ
あした生きてないなんて、ゆめゆめおもわない。

とはいっても、ですよ。
きょうこれから寝て。
あすあさ、目覚めるという保証はどこにもない。
わけですよ。

ふたしかさ。



っていうのはけして夢物語じゃなくて。
わりとありふれた、というか。
すぐ隣にいあわせてる、っていうか。
そんなんようなもんじゃないかな、と。

「じぶんが死んだ」経験がないから
じぶんがこの世からいなくなるということに
いまいちリアルに想いが馳せれない
ってだけのことで。



で、あすあさ目覚めなかったとする。

おれにとっちゃ、たぶん、一大事。
だってもう、なにもできないんだもの。
くだものだもの、なんてかますことすらできないんだもの。

やりかけの仕事も残ってるし。

来週飲みましょうねっていう約束も果たせない。

ムスメっこの成長を見届けることもできない。

にょうぼうを未亡人にしなくちゃならない。

新しいオトコに走っても、指をくわえてみてることしかできない。

なんなら、早く新しいオトコみつけれって、おもう。

おもうことができてるかどうかも、わかんない。物理的に。


物理的に?

おれがいなくなることで。
住宅ローン、キレイサッパリ。
という手柄だけが、残る。

いじょう!
厚切りなていで。



「そういえばキクチって、いたよね」
的な記憶が、誰かのなかに残る。

かもしんないし残んないかも、しんない。

残るったって。
よしんば、いっとき残ったとしても。
そんなもん、ときとともに薄れてく。

忘れられちゃうのはさびしいよね。
って、たしかにさびしいケド
まあそんなもんだよねっていう。

ひとがひとり生きて、死ぬ、なんてのはしょせん。
その程度のこと。

地球はいままでとおんなじように、回り続ける。



じゃあですよ、と。
あす生きてるかどうか、何の保証もないとしたら、ですよ。

というわけでございまして、ですよ。
いま、どんだけナットクづくでいけるか。
しゅんかんしゅんかん。
楽しさまっくすをかましつづけるか。

みたいなことが、よけいダイジなような気になってくる。



ブログをちゃんと更新するようになったら。
こういうポエムじみたのばっかしでやんの。

ポエムログに方向転換かよって。
なにを食ってこうなったんだよって。

まあその。
おもっちゃったんだから、しようがない。



。。。



そうそう。

なんかきょうからまたちゃんと走ろう。
ナドトおもい立っちゃって。

午前中、マイコースを全力かまして。
夕方、疲労抜きしつつ流しを5本、混ぜた。

2部練したのは初めて。
なんていういらねえ情報は措いたとしても。

まあ、衰えは顕著で。

全力かましたマイコース12.3kは
かすみんでフル走ったペースよか遅いし。
いつもキロ3(36秒)を目安にしてる
200mの流しなんか、40秒切るのがやっと。

っていう。



何が言いたいかというと。
コレがいまのおれさまちゃんの実力まっくす。

ってことをちゃんと認識して。
胸に刻みつけとこうとおもったんでしたとさ。

「いま、底」として。
「上昇曲線以外、描きようがねえっ!」として。

1ヶ月後とか、秋のシーズンはじまったころ。
それがどう変わってるかいないか
楽しみにしとく。口の端を歪めながら。

ポエムついでに。
そんなこともおもっちゃったんでしたとさ。

真・ダーハダカおじさんに会えたから、まあいいや。
なお、2015夏バージョンのダーハダカパンツは、横に縦のオレンジの3本線が入ってたもよう。



クソ辺境の数少ないキメごととして。
「ふだんのジョグのことは書かない」
というのが、ある。

それはJOGNOTEにあるから。
コレ別に、マラソンブログじゃねえから。



にもかかわらず
きょうの変哲もねえジョグ。

おもわず書きたくなっちゃったってことは
じぶんのなかで、なんらか
特筆すべき想いがあったのかもしれないねー。
ドーデモイイ、ねー。