キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の「辺境クソブログ」。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

キクチが走った

いやあ、表題。
いま、世間で絶賛大流行中のハイジに引っかけようかとおもったんだケドね。
「おしーえてっ、モリイさんー!」
って、誰だよそれって。

どうしても、クララが立った的なことに引っかけたくて。

こういうの、あるあるー。

じぶんのなかではつながりあるつもりなのに
いつの間にかどんどんどんどん離れて。
原型とどめてねえじゃんっての。

遠浅なつもりが
「大陸棚、超えてますよー」って。


冒頭、デジャブ?

っていうか。

「キクチ、走る。」
ってしようとおもったケド、寸止めた。

おのれのものほしげがあからさますぎる。ゆえ。



で、その、きょうはすぐ本題に入りやがる。
本題に入りやがる前に、いろいろ書きたいこともアルが、カツアイ。
それをうだうだ、
いつもみたいに展開したほうが
おもろくなりそうな気もするし、
ネタも盛りだくさんなんだが、カツアイ。



走った。

まともに走るのは、3週間ぶり。
間に一度、酔っぱらって電車を乗り過ごして
中野から走って帰ってきたが、「まともに」では、ない。

たまリバー50kに、中入り中抜けする前。
200のインターバルをして、以来。

ひさびさすぎて。
その間、運動不足というか「無運動」
だったので、

ケガしないように。
もう走るのやんなっちゃわない程度にラクに

走ることをムネとした。
職場からおうちまで。
近道の18キロちょい。



で、その。
本題に入りやがると。



走ることじたいがゴブサタすぎるので。
途中で、「走る意味」みたいなチョコザイなことを考え出す。

ゴブサタすぎるからこそ。



考え出したのが、中盤すぎ。
走り出してじきに降り出した雨が、じゃんじゃんつおくなってきて。
ゴブサタすぎるから、ぽくぽく走ってるのに、くたびれてきて。

「こんな濡れネズミなおいさんじゃ、電車乗ったら迷惑防止条例適用だな」

って、仕方なく、走ってる道すがら。



「走る意味」みたいなチョコザイを、考え出す。
おれにとって、走る意味ってなんだろうと。



あ、ネタ要素、きょうもヌキな。
ヌキヌキな。
しかも、ポエムじみるんだな。

二度くり返すと、なんで違う意味を帯びるんだろう。
とか、知らん。



ケツロンから、言う。
「楽しいから」



というのも。
去年の春、シジュウの声を聞いたとき。
マラソンにおける目標を立ててみた。

「厄年の満年齢を終えるまでにサブスリーする」

期限は、来年のかすみがうら。
そんときのPBは3時間21分かなんかだった。



いまのPB。3時間07分。

マラソンシーズン的に、
今年の秋。
来年の春。

残されたチャンスは二度もある。

大それた目標ではない。
というところにはあるとおもう。

主観的にも、客観的にも。
そうだよね、って、ソノ気になっていた。

まあ、いまでもソノ気にはなってる。



で、その、衰えきったきょう。

走りながら。
「おれは何で走ってんのか」
をあらためて、考えてみた。

現状。
速く走れるとか、遅くしか走れないとか。
関係ねえ。

つらいか、つらくないかとか。
関係ねえ。

つらいを漢字にすると辛い、ってなる。
からいか、つらいか、ややこしい。

細いと、細かいぐらい、ややこしい。

措く。
ドー・デモ・イイ。



走ってて楽しいか、楽しくないか。

きょうのおれは、なんだか楽しくなかった。
遅くしか走れなかったとか
雨に打たれつづけて、やんなりそうになったとか
関係なく。

遅くしか走れなくても、楽しいときは、たのすい。

きょうとおんなじような状況だった
去年の年末。

「走りたくても走れないことに比べりゃ、たとえおもうように速く走れなくても、走れることじたい、たのすい」
って、おもえた。

ショージキきょう、それを求めにいった。
「やっぱ、走るのって、たのすいよね」
だけを求めにいった。

でも、なんだか楽しくなかった。



というのが、なんだかすごく大切なことにおもえた。

走る。
ということが、アタリマエになっていたサッコン5年間。
楽しくても、あんま楽しくなくても
「走るもんだ」
とおもって、走ってた。

「マラソンを速く走るために」
みたいなことがいつもアタマの片隅にあったし。

「てめえで設けた『厄年うんぬん』を達成するために」
逆算したりなんかして、走ってた。

それら=たのすい
と、おもいこんで、走ってた。



でもその。何度もくり返すと。
きょう、なんだか楽しくなかった。

それでもってなおかつ走るって、
いったい何の意味があるんだろう。



。。。




いや、その。

こういうこと言うと
「じゃ。楽しくないから走るのやーめたっ」
「あるいは、やめようかって考えてまーすっ」

みたいなケツロンになりゃ、
流れとしては、キレイだ。ろう。

キレイって、それこそ何ぞ?



走る(ジョグする)のは、やめない。
やめる気はさらさら、ない。

まあその、「意味を考えましたとさ」
ってだけのことで。

そりゃ、そうでしょ。っていう。
「楽しさ」はどこかしらで味わっちゃったし、
何しろ、5年以上断続をダンゾクダンゾクしてるので
いやでもカラダにしみついちった。
ってぶぶんも、ある。

ぶぶんって、何ぞ?



ジョグは、つづける。
走りつづける。

まだ、何回もマラソンを完走したい。
サブスリーもやってみたい。
たしかに。熱烈に。

ただ。
楽しくないマラソンなら、完走したくない。
楽しくないサブスリーなら、やれないほうがいい。
楽しいリタイアのほうが、したい。
サブファイブでも、楽しいほうが、いい。

っていうほうが先立たないと、本質的になにかが違うような気がしちゃったんである。

楽しけりゃ、よしんば。
「エア走った」でも、いい。
むしろおれなんか、そっちじゃねえのっておもったりおもわなかったりも、する。



っていうね。

とどのつまり。
って、「とどのつまり」を一ぺん遣ってみたかっただけじゃねえか、なんだが。

とどのつまり。
ひさびさに走ってみて。
たしかに、楽しくなかったんだが。

そういう、毒にもクスリにもならねえことを
考えられる「走りながら」って、捨てたもんじゃねえ楽しさだよね、と。
DAYONE、と。
みよちゃーん、と。

いろいろひっくるめると。
ひょっとしておれ、きょう、ぞんぶんに楽しかったのかな。

って、おもった。
おもったんでしたとさ。



でもなんかこう。
「終電乗り過ごしちゃったケド、新宿からおうちまで10数キロじゃん。走りゃいいさ」
みたいなムダなマッチョ感。

を、キープできる気持ち的脚力は維持しつづけたいな。
って、おもった。
おもったんでしたとさ。