って、なんの番外だっていう。
おめえ自体が番外じゃんか、っていう。
というわけで。
どういうわけで? は措いても。
そこらへんのおれの考えを、あらためてまとめてみる。
*
あのう。
こんなことをおっしゃるかたがいて。
→文字数って重要!?
それに対しておととい、クソ辺境でコウしてみたら。
こんなことをおっしゃるかたもいて。
→ブログの文字量問題~なぜオレは長文を書くのか~。
*
おとといのエントリーで
「文才」なんて途方もない言語を持ち出したが。
エラソーに評論家をきどると。
とある村じゃ、圧倒的に文才のあるかたが何人かいて。
それをおれは
両頭政治だか三羽烏だか四天王だか
五人囃子だか六歌仙だか三十六歌仙
って、ココロのなかで勝手に呼んで読んで
リスペクトしてんだケド。
ちっきしょー、かなわねえ!
おれなんか足許にもおよばねえ!
って、日々ジクジしてんだケド。
それがどなたかってのは、
上のやり玉(?)に挙げたおふたかた以外
何か媚びてるみたいな感じになっちゃうので
カツアイすっケド。
*
だいたい読んでりゃ、わかるよね。そういうの。
「おめえにとって『マラソンカテゴリー』はただのツールだろ。
そりゃ、どこにいってもおもしれーよ」
っての。
で、早く本題に入りやがれってハナシで。
*
たとえば、上記「やり玉」のおふたかた。
共通点を挙げる。
これは、このクソ辺境でも心がけてること。
このクソ辺境ができてるかどうかは、ともかく。
○一文が短い。
○ムダな接続詞がない。
○改行や行アケにすげえ気をくばってる。
この3点。
カンペキ。
エントリー自体の長さを感じさせないとか
そういうことを言いたいらしいんだケド、おれはここで。
*
公開してる以上、
「読んでもらいてえ」っていうスケベ心はあるもので。
表題(タイトル)のつけかた、
企画力、
文章力、
ってのは前提としてあるのは措いて。
*
たとえば。
やたら一文が長いのって、やだし。
「なんとかだケド、なんとかで、なんとかもあって」
って、おめえはナニ言いたいんだねってうんざりしちゃうし。
開いたしゅんかん、
うっお、クソ長え。めんどくせえ。
っておもわれたら読んでももらえないし。
*
あらためて、言う。
「このクソ辺境ができてるかどうかは、ともかく」
*
100行書いたら、「ん。書いたな」って感じになる。てのもけっきょく。
(中略)
たくさんのことを書いていれば、
どっか一か所くらいは、オモロイなと思ってもらったり、
共感してもらえるかもしれんっていうセコイ理由もあるw
上の3点ができてるから
読んでもらえるわけで。
*
あらためて、言う。
ゴタイソーにエラソーだがきょうは、
評論家目線ですから。
*
アプローチは逆だけど、これもおんなじで。
僕はある程度文字数を決めている。
それは1000文字から1200文字。
「1つのハナシをちゃんと展開するには
最低600字、要る」
って、駆け出しのころ、言われたことがある。
「そこにいろいろ含めると
原稿用紙3~5枚でことたりる」
って、言われたこともある。
「300ページの単行本1冊書くにしても
600字1セットを積んでけばいい」
って言われて、ほほうっておもったこともある。
そういう感じ。
*
おれは、おとといのくり返しになるが。
文字数は決めてない。
じぶんがマンゾクすることが最優先なので
(ウジウジこねくりまわしたいドロリッチなので)
ムダに長く、なる。
ただその。一文の短さ、改行、行アケ
みたいなことは、気をくばってるつもり。
「ネタが圧倒的につまんねえじゃんか」
は、措く。措きまするぞ。
*
。。。
*
あと、あのう。
ブログってものを「メディア」として考えたバヤイ。
おれがずっとおもってることを言ってもいいすか。
*
ブログってのは。
というか、
「わりとひんぱんに更新される」ブログってのは。
しょせん、日々、流れてくもんで。
たとえば。
誰かのブログをみるとすんでしょ。
でも、それは最新更新のエントリーをみるわけでしょ。
それでジャッジがくだるわけでしょ。
仮に、その1分前に上げた直前のエントリーが、歴史に残るぐらいのものだったとしても。
その、無常観、というか。
しょせん流れてくもんじゃん観。
ブログってメディアの性質だから仕方ないケド
じゃあアーカイブしてる意味、なくね?
という。
*
そういう意味ではブログって、放送と似てるのかもしんないね。
そういう意味では、おれの性質と逆かもね。
では。