キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

リョーカイとショーチ

領海と招致、ではない。
了解と承知。

おれの感覚のハナシなので、辞書的な意味とかは知らん。



「了解」のつかいどころがわからない。

ほんとうかどうか知らないが、
「了解」は目上のものにつかうには適切ではない
というハナシもあるからだ。

殿と様、
ごくろうとおつかれ、
みたいなもんだと、自分で自分に勝手に刷り込んでる。



なんで役所から来る手紙の宛名
(だいたい税金の納付通知なんだけど)
って、キクチヒロシ「殿」なんだろうね。

おいらはアンタの下風に立った憶えはないんだよ、ビタ一文。

といつもおもうんだが、
コンテキストと関係ないので、措く。



「了解」と「承知」。

日常の、まあだいたいビジネスの、
メールなり会話で使われてるのは「了解」。

「しました」「いたしました」
なんてのをつけて、丁寧感を増幅させつつ、もちいる。



明らかな上司への報告メールの返事は
「了解。」
だけだったりする。

これも軍隊じみてる上に、ムダが徹底的にそぎ落とされてて、なかなかいい。



ちなみに、
オマワリセンセイをやってる友人によると、
オマワリセンセイ間ではすべて「リョーカイ」らしい。

無線なんかで「リョーカイ! クッ」。
みんなの頭のなかのカッコイイオマワリセンセイを体現しとる。
パトカーのハンドル脇から、グルグル回転してるコードをビヨーンと伸ばして、ドアの外で。

末尾のクッは、カッでもボッでもいいんだが、無線のとぎれる音。
言いたかっただけなんだ。



「了解」の使いどころがわからない。
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おれはそんなわけで、「承知」をつかう。
「了解」の、ただの代替物として。

でも、つかってる人をあまり見かけないためか、
そこはかとない堅苦し感が、常につきまとう。
気がする。

そこが気になっている。



「承知(しました)」。
アポとか大事な用件なら、なんのもんだいもない。

でもたとえば、
内輪のわりとどうでもいいこと、
「きょうは立ち寄るので、14時に出ます」→「承知しました」。
なんか、ちょっと事務的で冷たくはありはしまいか。

内輪のさらにどうでもいいこと。
「いま新宿なので、先に店入っててください。すぐ行きます」→「承知しました」。
あれ、怒ってんの? と。
そんなことはないんだけどね、という。。。



こんなとき、「承知」の双子のかたわれ、「ガッテン」にご登場願いたくなる。
「いま新宿なので、先に店入っててください。すぐ行きます」→「ガッテン!」。
カンペキ。

カンペキ、なんだが、
じゃあ目上の人につかえるか? と。

ムズカしい。



以上は、書き言葉でのハナシ。
話し言葉だと「ショーチ」はほぼ、つかわない。

やっぱ、堅苦しい。
音にするとおなじように伸ばすし、言いにくくはないのになんでだろう。

かといっていまさら「リョーカイ」には戻れない。
すでにアイツにはもう、ビビり倒している。



そんな八方ふさがり。
救世主「わかりました」が降臨。
するんである。

ほんとうに大切な人って、ふだんあまりに身近すぎて大切さを忘れちゃいがちなのよね。
なていで。


「ほんとうに大切な人って・・・」は、
「15の夜」の「とにかくもう、学校や家には」風に読むと、ていがさらに増幅して、いい。