キクチヒロシ ブログ

絶滅寸前の辺境クソブログ。妄想やあまのじゃく。じゃっかんのマラソン。

文書言葉

こういう記述がある。
国内クレジット制度は、(中略)大企業等の技術・資金等を提供して中小企業等が行った二酸化炭素の排出抑制のための取組みによる排出削減量を認証し、自主行動計画等の目標達成のために活用する仕組みです。中小企業等における排出削減の取組みを活発化、促進することを目的としています。



この団体とか活動内容に
もの申すつもりは毛頭ない。
こういうのよくあるよね、というだけ。



単語の難しさうんぬんじゃなく、
何を言ってるんだかよくわからない。
というか、どこか
「持ってまわった感」がぬぐえない。

原因は、文そのものではなく、「等」。
たった200字程度のなかで、
5回も遣われているんだもん。



一般的な商業出版物に、「等」はほぼ遣われない。
よしんば原稿に入れてしまったとしても、
校正をとおすと、かならず直される。

「等」をそのまま読みくだせば、
ひらがなの「ら」。
あるいはかみくだいて「など」。



試しにやってみる。

冒頭の文章。
「等」を「など」に直したら、もう、
「アンタってオトコは優柔不断ったらありゃしない」
なあんていわれかねない感じになる。

国内クレジット制度は、(中略)大企業などの技術・資金などを提供して中小企業などが行った二酸化炭素の排出抑制のための取組みによる排出削減量を認証し、自主行動計画などの目標達成のために活用する仕組みです。中小企業などにおける排出削減の取組みを活発化、促進することを目的としています。

「等」ってのは書き言葉なんだけど
書籍や雑誌の原稿では遣われない
文書言葉なんだとおもう。
(「文書言葉」って言葉はいまテキトーに考えた)



文書言葉。

「等」は、企業で用いられる資料でよく遣われている。
企業の資料は文章ではなく文書だから。
それでいい。

そんな区別があること自体、
知らない人もけっこう多いだろう。
意識すらしてないんじゃないだろうかとおもう。

文章や話し言葉でふつうに遣っているのを
見かけたり、耳にしたりするのは。

仕事なんかで遣い慣れてるからだろうし、
お手軽感あるし。「トーッ」って。



だから何だって言われたら、どうってことはない。

でもでも、友だちと話してて
「酒等(とう)が飲みたい」って言うか?
ぜったいに言わないよね、ふつう。

ってだけの話。



ちなみに。
新聞では「ら」とひらがなに開く。
文字数の節約のためだとか、そうでないとか。

TVやラジオのニュースでも「ら」。



似たようなのに、「他」がある。
「他」は「た」と読むのであって、
ほんらい「ほか」って読み方はないらしい。
「ほか」は「外」らしい。

とか言い出しちゃうと、
ただでさえ長いのがよけい長くなるので、カツアイ。